遺跡 5
原作ではリオンさまは『赤い月』という魔術師集団の首魁だった。
具体的に何かをしていたという記憶はないのだけれど、おそらくは裏社会の仕事を請け負うような闇組織っぽいものだったのような気がする。そして、何かの復活させるとかいう目的もあったような気はするが、作中は、私、アルキオーネが、マイアを殺すもしくは痛い目にあわせるように依頼したことのほかは、地下遺跡への侵入者をことごとく始末していたという記述のみ。
ただ、原作のリオンさまは、完全に遺跡を自分のテリトリーにしていたのは間違いない。
本当は書いてあったのに読み落としていたのか、遺跡が何なのかということに対して、まったく覚えておらず、役に立つのか立たないのか、まったくよくわからない知識だ。もちろん私、アルキオーネにとって大事なのは、自分の命が狙われるかどうかということだ。龍の未来視は自分にとって大事かどうかというものらしいので、前世の記憶もそんな基準で思い出しているのかもしれない。
実際、私にとって『学院の赤い月』より好きだった小説はたくさんあったのに、はっきり覚えているのは『学院の赤い月』だけだ。一緒に暮らしていた兄のことも、はっきり思い出せない。お料理とかは思い出せるのに薄情な話ではあるけれど、きっと今世で必要だと思われる知識だけが残っているのだろう。考えてみれば、前世の兄との思い出が強く残っていたとすれば、現世の兄といろいろ比べるようなこともあるかもしれない。
それはどちらの兄に対しても失礼だし、今の私はあくまで、アルキオーネ・アルマクという人間なのだ。
そういう意味では前世の記憶が断片的であるのは、今の私を守るためなのかもしれない。
「魔術等はかかっていなさそうですね……とりあえず、物理的な『仕掛け』などもないようです」
ロイスナートさんが紙束を観察する。
「読んでみよう。大丈夫。手袋はしたまま、気を付けるから」
リオンさまが止めようとするロイスナートさんを制して、紙束に手をかけた。
手袋をしたままというのは、この『紙』そのものに薬物などが付着していることを考慮してのことだ。悪意があるなしはともかくとして、未知のものに触れれば、皮膚が荒れるなどの可能性はある。古い書物にはダニなどの虫がわいているなんてこともあるし。
「古代文字だな」
リオンさまはページを丁寧に繰る。
「研究日誌というよりは日記かな。赤い月……は、何かの名前だろうか。少し読み解くのに時間がかかるかも」
「古代文字ですもの。当然ですよ」
現在では魔術を使う時に使用する程度で、『言語』としては使われていない。言葉としては魔力が宿りすぎるからということもある。
もちろん魔術師なら古代文字の研究も当然するのだけれど、リオンさまはまだ学生。むしろ、時間をかければ読めるということの方がすごいのだ。
「単語が分からないというより、字に癖がありすぎる。悪筆ってやつだな」
「要するに、字が下手ってやつか」
兄が苦笑する。いつの時代でも字の上手い下手ってあるものだ。古代文字の場合、綺麗に書いた方が魔力がのるともきいたことがある。本当かどうかは知らないけれど。ただ、わざと崩して他の人が読めない陣を描くというテクニックも存在するらしいから、しっかり検証はまだされていないというのが本当のところだ。
「えっと。どうやら人工的な龍を作るという実験をするとある」
「人工的な龍?」
龍とは神にも等しい存在なのに、それを作るってどういうことなのだろう。
「……従来のものより、耐用年数をあげ、さらに使役者に服従を……」
リオンさまは真剣な目で文字を拾う。
どうやらこの遺跡を作ったのは、龍の研究者で、人工的に龍のようなものを作ることに成功した人物のようだ。
「従来のものよりということは、人工的な龍は、少なくとも『存在』したのでしょうね」
「そうだろうね。えっと、どうやら、この人物は王国に追放されてこの地に来てこの地域を統治していた人物みたいだ。赤い月はこの人物の家名、この表紙の月の絵は云わば紋章なのかも」
人工的な龍を作ったこの人物は、莫大な富を得たものの、人工龍は、事故などが多発し製作開発が禁止され、追放となったようだ。だが、中央へ起死回生をもくろむこの人物は、地下に広大な研究施設を作り密かに研究を続行した。
「最後のページを見ると、地下施設が『ナスラン』に見つかったってあるな」
「ナスラン?」
「ああ。たぶん。『ナスラン』は組織名のようだ。一旦、ここを封印するとある」
そう言えば入り口に封印の間と書いてあった。
組織から隠すにしては、ちょっと正直すぎないかな。
「つまりこの赤い月ってやつは、ナスランに追われていたと?」
「そうみたいだ。魔術王国の政府の組織かな……確証はないけれど」
リオンさまは首を傾げる。
「そのナスランと、私たちの追っているナスランは同じなのでしょうか? 既に魔術王国は滅亡していますし……」
名前が一緒だからと言って同じものとは限らない。
「この日記を信じるならば、とりあえずこの地下遺跡は、魔術王国から追放された赤い月なる人物が、王国からの目を逃れて研究を続けるために建設したということだろうな」
「莫大な富と、高い技術を持っていたのですね」
現在よりも、もっと優れた技術力を持っていた『赤い月』は、その後どうなったのだろう。
「ひょっとして、倒された龍使いというのは、赤い月のことでしょうか?」
人工の龍がどのようなものだったのかはわからないけれど、人工の龍を使って何かしようとしていたことには間違いない。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なんにしても証拠がない。それよりも、だ」
兄がコホンと咳払いをした。
「とりあえず、ここは安全のようだから、そろそろ昼飯を食べないか?」
「ああ、そうか」
リオンさまは頷く。
思いのほか長い時間をここに費やしてしまった。この調子だと、目的地に到着するのがいつになるのか怪しいが、ひとまずここで食事にするのはいいかもしれない。とりあえず外敵もいないようだし。
「お弁当を作ってきましたので、よろしければリオンさま、ロイスナートさんもどうぞ」
「持ってきたのは俺だけれどね」
言いながら兄が荷物からお弁当の包みを出す。
「私もよろしいのですか?」
ロイスナートさんが驚いた顔をする。
「はい。たくさん作ってきましたので、良かったらどうぞ。お口に合うかどうかわからないですけれど」
「やあ、久しぶりだな。アルキオーネ嬢の料理をいただくのは」
リオンさまは嬉しそうに破顔する。
冒険は保存食が定番だけれど、正直あまりおいしくはない。前世のアルファ米とかレトルトなんてのは、かなり美味しく作ってあったが、残念ながらこの国の保存食のレベルはそこまでではない。
いずれそのジャンルの工夫なんてのもしてみたいとは思っているけれど、とりあえずランチくらいは普通のお弁当でも平気だ。
「変わったパンだね」
「ピタパンですよ」
用意したのはケバブサンド。
小麦粉を高温のオーブンでまあるく焼くと、真ん中に空洞ができる。そこに焼いたお肉とお野菜をはさんだもの。
ボリューム感があるのがいかにも冒険って感じがする。
ピタパンは、この世界にもあるにはあるらしい。うちの料理長が見たことがあると言っていた。前世では中東の方で食べられていたもの。パンそのものに味はあまりないから、その分はさむものの味は濃いめだ。
本当はカレー系の香辛料を入れたいところだけれど、今回は胡椒とトウガラシだけ。自家製のケチャップとマヨネーズを混ぜ合わせたソースをたっぷりとからめている。
「このソース、何で出来ているの? 複雑な味で美味しい」
リオンさまは目を丸くしている。
「えっと。トマト系のソースと卵系のソースを混ぜ合わせたものです」
ちなみに、マヨネーズの方は自信あるけれど、自家製ケチャップはまだ満足の味にたどり着けていない。たぶんスパイスの割合なのだろう。
「……初めての味です」
ロイスナートさんは難しい顔をする。
「お口にあいませんでしたか?」
「いえ──なんというか、いくらでも食べられそうな気がして。殿下がアルマク嬢の料理に首ったけな理由を垣間見たと申しましょうか」
「そんな。ただのサンドイッチですよ。おひとり三つまでは大丈夫です。多かったら残していただいて全然かまいません。この気温なら夜でも食べられそうですし」
私は小食というわけではない。が、一つで満足できる分量にしてある。かなりボリューミーだから作りすぎとは思う。何しろ兄は底なしの胃袋を持っているし、リオンさまも結構お食べになる。ロイスナートさんも騎士だからきっと食べるだろうなあと思って余分にもってきたのだ。
「あまり上品ではない味ですけれどね」
前世では屋台で食べた味だ。
「侯爵家の令嬢である君がなぜこんな料理を作るのか本当に不思議だけど。毎日食べたいくらい美味しいよ」
リオンさまは満足そうにケバブサンドを頬張った。




