遺跡 4
先頭はロイスナートさん。次はリオンさま。そして私にしんがりは兄という順番で階段をランタンの光を頼りに降りていく。
階段は思ったより長く、かなり深い位置に目的地はあるようだ。
「何か明るい?」
階段をおりた踊り場から先がぼんやりと明るい。
何故だろうと思ったら、天井からうっすらと明かりが漏れてきている。
「これは……なんでしょう?」
ロイスナートさんは怪訝そうに周囲を伺う。
「魚?」
頭の上を何かが横切っていく。
「湖底?」
よく見ると様々な種類の魚が見える。うっすらと天井から明かりが来るのは、先程となえた光玉がまだ頭上で光っているせいだろうか。
砂の上を歩くエビの姿もある。あまり遠くまで見えないのは、水の透明度というよりは、暗いせいだろう。
まるで前世の海中水族館のようだ。周囲の壁や天井の素材ははっきりしないけれど、ガラスやアクリルのように透明度の高いものなのだろう。
「一体、どうやって作ったのだろう?」
リオンさまが不思議そうに壁に手を触れる。
この世界にもガラスは一応はあるけれど。湖底にこんな風に回廊をつくれるような技術はないはずだ。
「魔術王国時代のものでしょうか?」
「そうだと思う」
リオンさまが頷く。
「失われた技術ってやつかあ」
兄はぺたぺたと壁を手で触る。指紋がつくと曇るし、ガラスをたたくと魚が逃げる……と思ったけれど、ここはそもそも水族館ではない。不用意に叩くのは安全面でやめた方が賢明だけれど。
それにしても一体だれが何のために、こんな回廊を作ったのだろう。
「随分と長いですね。なんだか暗くなってきたようですし」
「そうだな。光玉の光が届かなくなってきたのかもしれない」
光玉の効果時間は通常一日ほどあるから、まだ消えたわけではないと考えると、単純に光が遠くなったか、影になるようなものがあるということなのだろう。
「大岩の中に入っていくように見えます」
「……そうだな」
水中回廊はそこで終わり、その奥には扉があった。
ロイスナートさんはすぐに扉を開いたりせず、念入りに調べはじめた。魔術がかかっているかはもちろんだけれど、原始的な罠なんかも遺跡では使われているらしくて、不用意に開け閉めするのは危険らしい。
丁寧に扉を一通り調べ、耳を当てて物音をしないのを確認してからドアノブに手をかけた。
かちゃりと、扉は奥側へと開く。
ひんやりとした空気が流れ込んできた。ランタンの明りで照らし出されたものは、フラスコや試験管。得体のしれない何かが入った容器だった。
部屋はそれほど大きくはない。壁面には薬品や本が納められた棚があり、奥には、ガラスケースのようなものと執務机がある。
「実験室か何かでしょうか?」
ただ、部屋には埃ひとつ被っている様子がない。金属もさびておらず、まるで新築だ。実験器具には多少使用感がある。
「この本、古代語だ……」
リオンさまが棚に並んでいる本の背表紙をみて興奮した声を上げた。
「魔術王国時代の本かもしれない」
「殿下、手に取る前に、まず、調べさせてください」
棚の本に手を伸ばそうとしたリオンさまの手を、ロイスナートさんが止める。何もないとは思うけれど、ロイスナートさんとしては当然の注意だろう。
「皆さんもくれぐれも軽々しく手を触れないように」
静かにロイスナートさんに諭されて、私と兄も部屋を見回すにとどめる。
「書棚の本がすべて古代語ということは、この部屋の主は古代語を趣味にしているか、もしくは魔術王国時代の人間ということでしょうね」
「何か書き記したようなものがあると年代確認ができるのだが……とりあえず、何か明かりをつけるようなシステムはないのかな」
もちろん光玉を使えば、部屋は明るくなるけれど。いきなり魔術を使うと何らかの影響が出ないとも限らない。
「あれって、魔道灯じゃないか」
兄が天井にあるものを指さす。形は違っているけれど、それっぽい。
ただ、この世界にある魔道灯はランプのような形が多いのだけれど、前世の蛍光灯に近いような長細い形だ。
魔道灯は電気で動くものではないので、魔石を使ったり、直接魔力を流したりして明かりを灯すため、天井なんかに取り付けると、非常に灯しにくい。電灯というより、ガス灯のイメージだ。だから、仮に天井にあるものが魔道灯だったとしても、どうやって点火? するのかがわからない。踏み台は見当たらないし。
そういえば原作のリオンさまは、学院の地下にこんな感じの実験室を持っていた。
細かい描写はなかった気はするけれど、魔法陣に魔力を流すシーンがあったような気がする。
「あれが魔道灯だとしたら、どこかから魔力が流れるようになっているはずなのですけれど」
魔力の流れを見るには、それなりの素養が必要だ。
私はあまり得意ではない。
「私が見よう」
リオンさまがじっと目を凝らし、今まで見ていたのと反対側の壁を指さした。
「そこに魔法陣が描かれている……これは照明の陣だ。大丈夫だ、ロイスナート。問題ない。特にアレンジなどない、ごく一般的な陣だな。魔力を流せば発動するもののようだ」
リオンさまはロイスナートさんに頷くと、壁に手を触れた。
すると、部屋は真昼のように明るくなる。一般的な魔道灯よりも明るい。
ランタンの明りで見ていたよりも、部屋全体が見えてくる。
ガラスケースのようなものの中には、卵みたいなものがひとつ入っていた。
「この卵、デカくないか?」
兄の言う通りだ。前世で言うところのダチョウの卵より大きい気がする。色は白というより少し青みがかかっていて、ところどころ黒い斑点があった。
「魔獣のものですかね?」
「おそらく」
リオンさまが目を凝らす。
「非常に凝った術式がほどこしてある。単純なふ化器というよりは、維持装置のようなものに見える。この陣は知らないが、長い眠りを促す魔術だろうな」
卵を保存していたとするなら、理由はいったい何なのだろう。
ふ化器と思われるその機械の下の方には、よく見ると光が明滅している場所があった。
「龍の気が不足って書いてある」
「龍の気ってなんだ?」
リオンさまの言葉に私たちは顔を見合わせる。
「たぶん、龍の気っていうのは、龍の魔力じゃないかな」
リオンさまは顎に手を当て、考え込む。
「龍使いと呼ばれる人間がいたのは事実だし、龍使いっていうからには、龍の魔力を何らかの形で使用できる方法にたどり着いていた可能性がある」
「待って下さい。ということはこの卵は、魔術王国時代からここにあって眠っているってことになりませんか?」
「……そうだね」
リオンさまは頷く。
「少なくとも、この場所は、私たちがこの遺跡を発見してからの三年間は誰も入ったことはないはずだ。例の沼人もここに足を踏み入れてはいないだろう。『ナスラン』がどうだかはわからないが」
「ここを調べたら、ナスランが何をしたいのか、分かるかもしれませんね」
少なくとも『ナスラン』は遺跡のことを知っていた。
この施設のことも知っているかもしれない。
「これ、研究日誌か何かかな」
部屋の奥にあった机の方を見ていた兄が声を上げた。
「どうしたのですか?」
「この紙束、どう見ても手書きだろう?」
兄が指を刺したものを見て、私はぞくりとした。
その紙の束の表紙には、赤い三日月が描かれていた。
せめて小説の中だけでも涼しくありたい……




