婚約 4
陛下の執務室には、陛下の他にザナン伯爵とレジナルド殿下がいた。ザナン伯爵はともかく、レジナルド殿下はどうしてなのだろう。
もちろん皇族の婚姻問題なので、兄弟であるレジナルド殿下が同席してもそれほど不思議ではないと言えば無いのだけれど。
「やあ、アルマク嬢。ようやく決意がついたみたいだな」
陛下は私の顔を見るなり、満足そうな笑みを浮かべて出迎えた。
「まだ両親にも話せていないのですけれど……」
なにせリオンさま本人とお話しした翌日なのである。決意も何もないまま、パタパタと話が進んでいる感じだ。
「その件については儂が急かしたというのもある。まあ座りなさい」
私と兄は陛下の対面のソファに並んで座る。私たちの前には陛下。両脇に両殿下。そして、ザナン伯爵が私たちと同じ側に座った。
「リオンから話は聞いている。今後解消するということになった場合でも、金銭的な慰謝料などの支払いはなく、また結婚についてはアルマク嬢が卒業した後に協議するということでよかったかな?」
「──はい」
私は頷く。
「父上、リオンはともかく、アルマク嬢はそれでいいのですか?」
レジナルド殿下が口をはさむ。
「普通に考えて、解消となったらより傷が残るのはアルマク嬢の方では?」
「私は別に気にしませんが?」
それで縁がなくなるというのであれば、両親には申し訳ないけれど、それまでのことなのだ。何なら私は家を出て自分で生きていくだけのことである。
「え?」
レジナルド殿下は目を瞬かせた。
「失礼ながら殿下。我が妹は、縁遠くなったとしたら、それを幸いとして官吏となってバリバリ働くことを嬉々として選ぶでしょう。むしろ屋敷に閉じ込められて、楚々とした夫人であるようにふるまう方が苦痛だと思うような人間ですので」
兄は苦笑する。
「えっと、意味が分からないのだが」
「兄上はわからなくて結構です。それがアルキオーネ嬢の魅力なので」
リオンさまはしらっとそんなことを言うものだから、さすがに恥ずかしくなってしまう。
つまりはリオンさまは私が典型的な貴族令嬢でないことを魅力だと言ってくれている。たとえそれが社交辞令だとしても、とても嬉しい。
「もともと私には過分なお話で、このような条件を付けること自体が不敬なことは承知しております。ですから多少なりとも私が何かを被ることになっても恨むようなことはございませんので、ご安心ください」
「相変わらず、しっかりとしている令嬢よな」
ふぉっふぉっと陛下がお笑いになり、隣に座っているザナン伯爵も頷く。
この場合、しっかりしているのではなく、ちゃっかりしているの間違いではないかと思うのだが、指摘するのはやめておいた。
「侯爵の方には儂の方から話を進めておく。近日中に婚約式の日取りを決めるつもりでおるから、そのつもりでいるように」
「……随分と急ですね」
「そなたの気が変わらぬうちに取りまとめておかねばな」
陛下はにやりと口の端を上げた。
「万が一にも、そなたが国外に流出するようなことがあっても困る」
「そうですなあ」
うんうんと、ザナン伯爵が頷く。
「ちなみにご成婚の話は別として、塔は、いつでもアルマク嬢を歓迎いたしますよ」
「本当ですか?」
魔術師の塔は、超エリート集団である。入ろうと思って入れるものではない。当然、官吏の中でも高収入。なにより魔力が重視されるため、身分性別で不利、有利がない職場だ。
なんなら、アルマク家から出て余裕で自立して生きていける。
「ザナン伯爵、私の邪魔をするおつもりですか?」
リオンさまは少しだけ拗ねたような顔をする。
「そんなつもりはございませんよ」
ザナン伯爵は慌てて首を振った。
「話には聞いていたけれど、実に変わった価値観を持つ令嬢なのだな」
レジナルド殿下はまるで珍獣を見るかのように私をしげしげとみる。
「そもそも皇族との婚約を結ぶのに、『解消』の条件を決めるだけでも不思議だというのに」
「兄上はことのほか、普通という言葉に囚われすぎておられるようだ」
リオンさまはそっと肩をすくめた。
「まあ、そう言うなリオン。アルマク嬢のような女性はそうおらぬ。レジナルドが戸惑うのも無理はない」
陛下はコホンと咳払いをした。
「さて。今日呼んだのは、婚約の話を進めることももちろんなのだが、光輪派およびマイア・タランチェ子爵令嬢についてのことなのだ」
陛下はそう言って、ポンと手を打った。
すると侍従が入ってきて、紙の束を私たちに配る。
「プロティアの巫女を皇子妃に推すという話が議会にのぼってきてな。光輪派のローバー・ダリン司祭が裏にいると思われるが」
「……拒否しましょう」
リオンさまは心底嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「私は絶対に嫌ですし、だからと言って、あのような女性は兄上にもふさわしくないでしょう」
「プロティアの巫女というのは、プロティア教の総意ではなかったと思いますが?」
兄が首を傾げる。
「ああ。しかしローバー・ダリンという男は人気取りが上手くて、最近では次期大祭司候補筆頭とも言われるようになってきてな」
陛下はため息をつく。
「椿宮の横領の件、けっしてあの司祭は無関係ではないと思うのですが」
結果としてマーケー地区のシュリーマン神官長だけが悪いという結論になってしまったが、本当にそうなのかは疑問が残る。そもそもシュリーマン神官長を操っていた『ナスラン』はどこに消えたのか、まったくわからないままなのだ。
「あの。どう見てもお付き合いなさっているようにしかみえなかったニック・マルドーネ公子と婚約というのではいけないのですか?」
私は遠慮がちに口を開く。
「もちろん、そうなれば『王配』には絶対なれなくはなりますが。マルドーネ公爵家は、もっとも皇族に近い家柄です。プロティアの巫女という方がどれほどプロティア教で地位があるのかは存じませんけれど……」
少なくとも二人の間に恋愛感情があるのであれば、それが一番良いことのように思える。
「もちろんそれも一つの案ではある」
こほん、と陛下は咳払いをした。
「ただ、マルドーネ公爵家とプロティア教の光輪派を結び付けるのもまた、危険な気がするのだよ」
陛下の言うことも一理ある。公爵はともかく、公子は頭は悪くないはずだが、人物的にいろいろ問題がある。
「公子は尊大な男で、おだてに弱い。ダリン司祭に簡単に操られてしまいそうということですね」
リオンさまは大きくため息をついた。
「それで資料を見て欲しいのだが──」
私たちは先程もらった紙束に視線を落とす。
「タランチェ子爵令嬢の魔刺繍から出た魔素を分析したところ、例の地下の遺跡で回収した『魔素』と非常に近しいものがあったのだ」
「神力を持つ人の『魔素』は通常の『魔素』と違っています。とはいえ、一致率が高いからと言って、本人とは断定できません」
ザナン伯爵の言葉は慎重だ。
それはそうだ。地下の遺跡は一般人が出入りできるような場所ではない。マーケー地区の神殿の関係者以外は、調査をしたリオンさまをはじめとする宮廷魔術師と騎士たちだけのはず。
「彼女は三年ほど前、誘拐事件にあっているから、その時になんらかの事情があって遺跡に入った可能性はゼロではないが、発見されたのは、ラミネの森の小屋だったらしいし犯行グループは速やかに処刑されていて、もはや詳細はわからない」
「偶然、でしょうか?」
魔素というのは、成長したりすれば当然少しは変化するもので、絶対的に魔術の使用者を断定するものではないのだけれど。それでも、他人のものと間違うことは少ないと聞いている。
「……偶然で済ませれたら、楽なのだがな」
陛下は険しい顔でため息をついた。




