婚約 2
「アルキオーネじゃないか。エミリアさまも」
「やあ」
食器を片付けようとしたところで、兄とリオンさまと一緒になった。リオンさまは今日はロイヤルルームで食べていたらしい。ちなみにロイヤルルームは一室しかないから、レジナルド殿下と交代でお使いになるとか。
まあ、皇族用の部屋なんて使う時期は限られている。今年は二人いるから二部屋なんて感じには用意できないのだろう。使用しない年の方が圧倒的に多いのだから。
「リオンさま、お時間はございますか?」
「え? あるけれど何かな?」
エミリアさまに問われて、リオンさまは首を傾げる。
以前はエミリアさまに対してリオンさまは警戒している感じがあったのだけれど、最近はそうではなくなった。それだけ研究同好会で仲良くなったってことだ。
「アルキオーネさんがリオンさまにお話があるそうですわ」
エミリアさまは私をリオンさまの方へと押しやるように背中を押す。
「エミリアさま?」
「きちんとお話なさいませ。早いうちが吉ですわよ」
戸惑う私の耳元でそう囁く。
エミリアさまの言う通り、周囲のロマンス熱が変な方角に傾く前になんとかすべきなのはわかるけれど、心の準備は全くできていない。
「私はダビーさまにお伺いしたいことがございますので」
「ちょっと、エミリアさま?」
エミリアさまは有無を言わさず、兄を引っ張っていってしまった。
結果として、私とリオンさまは置き去りにされた形だ。
「ええと、それじゃあ、カフェに行こうか」
「──はい」
高等部の敷地内にはカフェがある。
昼休み、放課後に使用でき、メニューも豊富。中等部の頃と違い、生徒同士の交流も大人に近づいていくため、その訓練も兼ねての場所らしい。
放課後は勉強に使う生徒もいるとか。
勉強というと図書室なイメージがあるけれど、図書室だと友達同士で教えあったりするとうるさくなっちゃうから、という理由らしい。
カフェに入るのは当然初めてだ。
おいしそうなケーキなどもショーケースに並べられている。今はおなかいっぱいだから食べられなくて残念だ。
店員さんはリオンさまの顔を見ると、奥のテーブルに案内してくれた。
「昼休みはそこまで混まないんだ」
リオンさまがにこりと笑って教えてくれた。
食堂でお昼ご飯を食べた後で、さらにカフェでお茶をというのは少数派ということだろう。
リオンさまとテーブルを挟んで向かい合って座る。ソファは柔らかく、ゆったりくつろげる感じだ。
そういえば、リオンさまとこんな風に二人きりになることって、今までありそうでそれほどなかった。一緒にお話しする機会は何度もあったけれど、たいてい兄が一緒だから。そう思うと、急にドキドキしてくる。
「それで、話って?」
注文を終えると、リオンさまが話を切り出した。
「エミリアさまからお聴きしたのですけれど。この前の決闘のことで、メルダナ公爵が私とリオンさまの婚約のお話が進まないことに疑問を抱かれているらしくて」
自分から候補のままにしてほしいと願ったのに勝手だと思われたらどうしようかと思う。恐る恐るリオンさまの目を見ると、晴れ渡った夜空色の瞳は優しく私を見つめていた。
「教え長が『愛』だと言い切った場に、メルダナ公爵がいたからかな。それを鵜呑みにしたわけではないとは思うけれど、縁談が宙に浮いているのは不自然ではあるかもしれない」
「はい。私もあの言葉を本気になさったわけではないとは思うのですけれど。ただ、エミリアさまがおっしゃるには、そのお話に合わせたほうが変な勘繰りを受けることがなくてい良いのではないかとも思えて」
「そうか──なんかごめん」
リオンさまは頭を下げた。
「私がカッとなって決闘を言い出したばかりに、君を危険にさらすことになった」
「いいえ。あの、守っていただいて嬉しかったです。それにリボンをお贈りしたのは私の意志ですから」
私が贈りたくて贈ったものであり、リオンさまに頼まれて作ったわけではない。
「最初から余計なことを考えずに戦うべきだった。君のリボンの力を借りてしまうことになったのは私の慢心のせいだ」
再戦した時の様子から見て、リオンさまにとっては『余裕で勝てる』相手であったのだろう。
だからこそ、『それなりに良い勝負』に見えるようにマルドーネ公子に打ち込ませ、怪我をさせないように『反則』を誘って勝った。あれは、マルドーネ公爵家への配慮だったのかもしれない。ただ公子の剣が光るというハプニングのせいで、一瞬の隙ができてしまった。
「お役に立てて嬉しく思いこそすれ、後悔はしていません。もともと勝負ごとに絶対などというものはありませんしリオンさまにおけががなくてよかったです」
私は首を振る。リオンさまが公爵家への配慮で『手加減』をしていたという事実については、責めるつもりはない。マルドーネ公爵家は、公爵家の中でも皇族に近い『名家』である。いたずらに傷をつけることは望ましくないだろう。
「それで──アルキオーネ嬢はどうしたい?」
リオンさまは少しだけ心配そうに私を見る。
「リオンさまが私への同情や義務感で人生を決めてしまわれるのは申し訳なくて──」
「そんなことじゃない」
「え?」
思わず何のことか聞き返そうとしたところに、店員さんが飲み物を持ってきてくれた。
リオンさまが頼んだのは、ホットコーヒー。私が頼んだのは紅茶だ。
「お砂糖、いる?」
「はい」
リオンさまのとってくれたシュガーポットから、角砂糖をひとつカップの中に入れる。ティースプーンでかき混ぜると、さらさらと砂糖がとけていった。
「未来視のことがあって、アルキオーネ嬢が私のことが怖いのは仕方ないと思う。だからこそ、学生のうちは慎重にという気持ちから、婚約ではなく『候補でありたい』というのも、当然だ」
リオンさまはブラックのままカップに口をつけた。
「ただ、このままだと不自然だと世間が思うなら、形だけでも『婚約』ということにしたらどうだろうか?」
「形だけでも?」
どういう意味だろうか。
「もちろん私は、本当の意味での『婚約』でも構わないのだけれど」
こほんと、リオンさまは一度咳払いをした。
「通常『婚約』するときは『結婚』の日付を大体決めておくものだし、なんなら『解消』は『違約金』というか、『慰謝料』を用意する必要がある」
「はい」
「ちなみに私は臣籍に下る予定ではあるけれど、どのような身分で落ち着くかは定かではない。それが決まるのは、私が成人してからだし、フィーナの結婚相手次第というところもある」
現在、皇太子は決まっていない。一番近い位置にいるのは、フィーナ皇女、次はレジナルド皇子といわれているけれど、リオンさまが帝位を継ぐ可能性もゼロではない。
「そう言った事情があるから、どうしても解消したいというのであれば、そのことを理由に解消すれば、お互い傷も少なく済むだろう。婚約の宣誓書に解消に関するペナルティはないと書き記しておけばいい」
「それは──」
「うん。今とあまり変わりはない。ただ、世間的には正式な婚約したことにはなるから」
そんなに都合のいい話が合っていいのだろうか。
「学生のうちに皇子妃の教育とかは、君ならする必要もない。なんなら、私は皇族から抜けるつもりだし。それでも候補でなく正式な婚約者であれば、もっと簡単に君を守れる」
「それでは──」
私がもらうばかりになってしまう。
「義務感ではないよ。どちらかというと独占欲かもね」
リオンさまはまっすぐに私を見つめ、そして妖艶に微笑んだ。




