婚約 1
マルドーネ公子は、負けを認めた後、そのまま倒れて、担架で運ばれていくことになった。意識はあるけれど、動けなくなってしまったのだ。
最初の勝負の時は、抗議する元気があったのに、と考えると、二回目については、リボンという加護がなかった以上に、リオンさまの逆鱗に触れてしまって容赦なくたたき込まれたのであろう。
もっともローバー・ダリン司祭が来ていたので、すぐに治療してもらい回復したとのこと。
ひょっとしたら学院に通いづらくなるのではと思っていたのだけれど、翌日もきちんと通学してきた。メンタル激強だなあと感心してしまう。
さすがに私と顔を合わせるのは気まずいらしいし、今までのような尊大な態度はとれないようだ。何より周囲の目が厳しい。
マイアの方も通学はしてきたけれど、こちらも私と距離をとっている。もちろんその方がありがたい。
私はといえば、なんとなくクラスメイトから距離を置かれているような気がしなくもないけれど、エミリアさまがいるから気にしないことにした。
生徒会には、私とエミリアさまがサポーターに入ることになって、マイアに関しては保留となったらしい。
個人的には生徒会入りはどうでもいいのだけれど。ちなみに、決闘の契約の条件の一つである謝罪は、マルドーネ公爵と公子の連名で書面でいただいた。
正直、そこまでされるとちょっと怖い。マルドーネ公爵家とアルマク侯爵家はそこまで交流はなかったけれど、それなりに遺恨が残ってしまったのではないかと思う。万が一にでもマルドーネ公子が王配になったら、うちの家門への風当たりは強そうだ。もっとも、スーヴェル皇后陛下の不興をかってしまったから、その確率はかなり低そうだ。それもあってマルドーネ公爵は私を恨んでいるかもしれない。
とはいえ、皇后陛下がお怒りになったのは、勝負に負けたからではなく公子が、マイアといちゃついているようにみえる行動をしていたからだ。
それこそマイアのリボンを拒むくらいの気概があればよかったのだ。どうしてもリボンが欲しいなら、魔塔に頼めるくらいの権力はマルドーネ公爵家にはある。
「そういえば、父にどうしてアルキオーネさんは候補のままでいるのかって聞かれましたわ」
お昼の食堂で、エミリアさまが苦笑する。
私たちは、上級貴族の子息子女たちが利用する少しだけ隣とのテーブルの位置が離れた場所に座る。特に密談するというわけではないのだけれど。
こういう特別待遇はちょっと嫌なのだけれど、かといって、私たちが一般席に座ると一般席がその分狭くなってしまう。既得権益はとりあえずは享受しないとかえって迷惑なのだ。
「それは学生の間に全て決めてしまうのはどうかと思いまして……」
「ええ、わかっています。アルキオーネさんもリオンさまも、まだ未来を決めてしまうには未来視のこともあって不安ですよね」
「はい……」
今のリオンさまが、私を殺そうとするとは思えないというか、思いたくない。龍の力がみせた未来視のような状態には、椿宮はなっていないし、いわゆる原作とは、あまりにもいろんなことが違っている。
とはいえ。
そもそもリオンさまと私との婚約の話は、あくまで私が龍の巫女だからという理由だ。リオンさまにとってはただの義務である。それはあまりにも申し訳ない。たとえリオンさまがマイアと恋に落ちなくても、他の誰かに心を奪われる可能性はある。
「アルキオーネさん、やはりリオンさまと婚約をなさった方がいいと思いますわ」
「えっと、どうしてそう思われるのですか?」
事情を知っているエミリアさまがその結論に至るのは、何か理由があるに違いない。
「まず、リオンさまはアルキオーネさんの為に決闘をなさったわ」
「それは……そうですね」
母親なんて、それで手のひらを返したように婚約をすすめてくるようになった。恋愛的な意味での決闘ではなかったのだけれど、細かい事情なんて誰も気にしていないかもしれない。人はわかりやすく、劇的な話の方を好むものだ。
「それから教え長のザナン伯爵が、リオンさまのリボンが特殊なのは、アルキオーネさんの『愛』だと公言なさった」
「ええと」
あの場にいた何人がそれを信じたかはわからない。異論を唱えた人はいなかったから、半信半疑でもそれが『公的な認識』になってしまった。
「アルキオーネさんが優秀すぎることを伏せるためなのでしょうけれど、だったらなおのこと、その設定にそうべきですわ」
つまり、龍の巫女であるという事実を隠すためには、私とリオンさまが相思相愛だとアピールしておいた方がいいということなのだろうか。
「世間の期待通りにしておいたほうが、あらぬ疑いを招かずに済みます」
ふうっとエミリアさまは息を吐く。
「少なくとも、私の父はアルキオーネさんの事情を知りませんから、現状に首をひねっておいででした。そして、何か障害があるのであれば、それを取り除くために尽力すると言っておいででしたわ」
エミリアさまはランチのあとのデザートを優雅に口に運んだ。
「もちろん、アルキオーネさん、リオンさまにとっては余計なお世話だとは思うのですけれど、恐らくそういう方はたくさんおいでになると思うのです」
「ですが──」
「応援されているうちに、とりあえずまとまっておくべきですわ」
エミリアさまはふふふっと笑う。
「それこそ、婚約は結婚とは違うものですもの。相手は皇族ですから、帝位絡みで婚約が解消になることもよくあります。たとえ婚約が解消になるようなことがあっても、双方にそれほど傷が残るものではありませんわ」
「そう……でしょうか?」
確かに婚約はあくまでも『約束』にすぎない。
「アルキオーネさんなら、特に皇族に入る前に英才教育などされなくても大丈夫でしょうし、なんならリオンさまは臣下降下なさるおつもりのようですから、学生のうちは今と変わらずに過ごせるかと思いましてよ」
「でも──」
「それとも、そろそろ私に本格的に決着をつけさせてくださいませ、と言ったほうが踏ん切りがおつきになりますか?」
エミリアさまはじっと私の目を見つめる。
エミリアさまはリオンさまのことが好きだった。もちろんそのことは整理がついたとはおっしゃってはいたけれど。
「今一度、リオンさまとお話になられた方がよろしいですわ。世間はロマンスが大好きですから」
「ですが、また私の事情でリオンさまを縛り付けるのは申し訳なくて」
私の安全、国家のため、そんなことでリオンさまを縛り付けてしまっていよいのだろうか?
「たぶんですけれど、リオンさまは、義務感で決闘したわけではないですよ」
「それはわかっています」
わかっているけれど。
いっそ、自分がロマンスファンタジーの主人公だとでも思えたら愛ですべて説明をつけられて楽だったのだろうけれど。
「残念ながらそうではないのよね……」
私はそっとため息をついた。




