生徒会
やはり先ほどの少女は、マイア・タランチェ子爵令嬢のようだった。
席次表を見て、確認した。
ほぼ面識はないはずだけれど、どう考えても悪意を持たれている気がする。
そもそも、ぶつかってきたのは彼女の方で、私はけがはないかと聞いただけ。あそこまで謝罪を重ねられる必要はないし、涙まで流されるのはさすがにおかしい。私の顔が鬼のように怖いという説もないわけではないのだけれど。
リオンさまは人気のある方だから、その件で嫌味のようなことを言われることはないわけでもないし、淑女らしからぬ私の行動が気に入らない人も多いだろう。
ただ、マイアの行動は、単純に『私が嫌い』というものとは違う。謝罪もしないまま離れていくとかなら、まだわかる。
まるで私から罵倒されたと周囲に思わせたかったようだ。
実際、マルドーネ公子は私が彼女に悪態をついたようにみえたのだろう。そもそも世間は美少女の涙に弱い。
それにしても。
彼女はなぜあのようなことをしたのだろう。
周囲の同情を引こうとしたのか、単純に私の評判を下げたかったのか。
後者だとすると、また仕掛けてくる可能性もある。
本当は関わりたくなかったし、なんなら、どちらの皇子を彼女が選ぼうと祝福するつもりでいたのに。
今日見た印象だけで評価するのは、問題があるだろうけれど、少なくとも原作の健気で優しい少女の姿とはかなり違いそうだ。
それは原作の展開を回避したい私にとって、喜ぶべきなのか難しい。
担任の話をぼんやり聞きながら、私はため息をついた。
学級の話が済んだあと、私はエミリアさまとともに生徒会室へと向かう。生徒会長であるレジナルド殿下から呼び出されていたからだ。
おそらくだけれど、生徒会のサポーター役にという話だろう。
生徒会は役員のほかに、二人から五人までサポーターを選ぶことができる。すでに、今年は二年生のサポーターがフリップ兄さまと他にもう一人いると聞いているから、実質は残り三名だ。今年の新入生で侯爵家以上の子息子女は、私とエミリアさま、マルドーネ公子だ。まれに、家格関係なく主席の生徒が呼ばれることがあるけれど、今年はそれはない──と考えて。
そういえば、原作ではマイアは生徒会にいたような気がする。子爵令嬢の彼女がサポーターになるとしたら、成績がトップであるなど生徒会長の強い推薦が必要だ。
「そういえば、あのタランチェ子爵令嬢はいったい何をなさりたかったのでしょう?」
エミリアさまは憤慨しているようだ。
「ひょっとしたら私に叱責されたかったのでしょうかね?」
私は肩をすくめる。
「そもそもぶつかってきたのは彼女の方でしょう? 気の強い令嬢でしたら叱責は当然でしたわ。アルキオーネさんだから問題が大きくならずに済んだというのに」
「彼女は問題を大きくして、周囲の同情を買いたかった、もしくは私の評判を落としたかったでしょうね」
ほぼ面識のない私に恨みがあるとすれば、リオンさま絡みかなあとは思うけれど。
「相手が誰でもよかったのか、それとも私だからなのかによって、目的は違ってくるでしょうけれど」
「……相変わらず、アルキオーネさんは冷静ですのね。私なら、怒り狂ってしまいそうですわ」
エミリアさまは感心してくださるけれど。
「私、かなり腹を立てておりますよ?」
ただ、彼女の目的が分からないまま動くのは危険だ。先程だって、エミリアさま以外にどれだけのクラスメイトが私が被害者だと認識したのか謎である。少なくとも、マルドーネ公子は私を加害者だと思っただろう。公子一人にどう思われようと、どうということはないのだけれど、私を『悪役』にあてはめていこうというような『流れ』は危険だ。なんにせよ、原作の私はマイアを害そうとして、リオンさまに殺されるのだから。
「ただ、やみくもに動くと危険な気がしているのです。ターゲットが私でなくていい可能性もありますので、エミリアさまもお気を付けになってください」
「そうね。私も気を付けるわ」
エミリアさまは頷く。
「そういえばアルキオーネさんは、部活はどこに入る予定なの? やっぱり調理部に?」
「迷っています」
実はリオンさまとフィリップ兄さまから、魔道具開発部に誘われているのだ。昨年は、部を挙げて、聖膜を『オブラート』といえるレベルに作成できる魔道具を開発してくれたという経緯がある。
「魔道具開発部で作りたい魔道具がいくつかあるのです。焦げ付かないフライパンとか?」
「それはあると便利そうですね」
エミリアさまはパッと目を輝かせる。
「調理はどこでもできるので……」
いずれは自分で研究するにしろ、大魔導士グラドの魔道具を直せる技術を持ったリオンさまのそばで学んでみたいという気持ちもある。
「ああ、こちらですね」
生徒会室という表示を見つけ、私たちは扉をノックした。
「一年のエミリア・メルダナです」
「同じくアルキオーネ・アルマクです」
扉の前で名乗ると、ガチャリと音がして、扉が開いた。
兄だった。少し表情が険しい。
「ああ、メルダナ嬢に、アルキオーネ、中に入ってくれ」
なんだか嫌な予感がしたが、導かれるままに部屋に入る。
生徒会室は思ったよりも随分と広かった。
執務机がいくつか並んでいるほかに、ソファや簡易キッチンまである。執務机に座っているのは、書記の三年のラキア・レイベナ公爵令嬢と会計の二年生のヴィゼル・ロンバート侯爵令息。それからサポーターのフィリップ兄さまと、メリー・ウエル侯爵令嬢もいた。
「二人とも、よく来てくれたね」
にこりと出迎えてくれたのは、リオンさま。
「どうかしたのですか?」
「うーん。ちょっとね」
リオンさまはソファの方に視線を送った。
レジナルド皇子の対面に座っているのは、マルドーネ公子と、マイアのようだった。
「兄上、メルダナ嬢とアルマク嬢が来ましたが」
「ああ、そうか」
レジナルド殿下は少し困ったように渋面を作った。
「ですから殿下。アルマク嬢なんかより、タランチェ嬢のほうが優秀です」
マルドーネ公子が声を張り上げた。
「マルドーネさま、それ以上は」
少し鼻にかかったような声でマイアは制止する。
「しかし、いくらプロティアの巫女と言ってもなあ」
レジナルド皇子は助けを求めるようにこちらに視線を送ってきた。
「プロティアの巫女ってなんですか?」
「光輪派によると神の声が聴けるらしい」
兄がそっと耳打ちする。
つまりマイアはプロティアの巫女とやらで、マルドーネ公子は彼女も生徒会にと連れてきたようだ。ただ、サポーターの人数は五名。上限を越えてしまうからという話なのだろう。
「アルマク嬢は、成績は良いかもしれないが、尊大で傲慢だ。今日もタランチェ嬢を虐めていた」
「アルキオーネさんは何もなさっておりませんわ!」
エミリアさまが大きな声を出した。
「どういうことだ?」
兄が私の方を見る。
「うーん。私にもよくわからないのです」
私は首を傾げる。
「どうも私の顔が怖かったとしか理由は考えられないのですけれど」
「酷い。そんなこと、私は一言も言っておりませんわ」
マイアは涙声になりながら訴える。確かに、言ってはいないけれど。
顔は見えていないけれど、きっと涙をほろほろ流しているのだろう。美少女の涙は魔術に等しい。このままでは私はまた悪者になる。
「レジナルド殿下、もしサポーターの人数がオーバーしてしまうからとお困りなのであれば、私は辞退いたしますので、お気遣いなく。そもそもアルマク家から二人も生徒会に入る必要はございませんし」
正直、生徒会活動って、無償のボランティア活動みたいなものだ。名誉ではあるけれど。それにマルドーネ公子とマイアが入るというのであれば、入らない方がお互いのためというものだろう。
「なっ、お前のような傲慢な女が簡単に辞退するなんて、何を企んでいる?」
マルドーネ公子は立ち上がり私の方を見た。
私を追い出す気でいたくせに、辞退すると怪しむとか、私にどうして欲しいのだろう。
「私はレジナルド殿下の招集に応じただけでございます。自ら望んだわけではありません」
「無責任だろう!」
いや、だから本当に私にどうして欲しいのか。
「私もアルキオーネさんが入られないのでしたら遠慮いたしますわ」
エミリアさまが私に追従する。
「やめないか!」
リオンさまが鋭い声を上げた。
「マルドーネ公子、アルキオーネ嬢のどこがどう傲慢なのか説明してもらおうか?」
低く静かな声だけれど、怒りで震えている。
「少なくとも私が知る限り、彼女ほどその言葉が似合わない令嬢はいない」
「殿下は騙されているのです!」
マルドーネ公子は叫ぶ。
しかし、私、マルドーネ公子と話したことなんてほぼないのに、どうしてそこまで嫌な女だと思われているのだろう。
「彼女を侮辱することは許さない。決闘を申し込む」
リオンさまは私の前に立つ。
ちなみに、この世界の貴族同士の決闘は、もめ事の解決手段としてそこそこ行われる。未成年同士の決闘の場合は、模擬戦のようなもので、スポーツの域を出ないものではあるけれど、穏やかな解決手段ではない。
「いけません、リオンさま」
「ダメよ、アルキオーネさん」
止めようとしたところをエミリアさまに制止された。
決闘を口にした以上、それを覆すことは『恥』になる。それはわかっているけれど。
「兄上、立会を頼みます」
「わかった」
レジナルド殿下が頷く。
「決闘は、明日、放課後。種目はそちらで選ぶといい」
リオンさまに睨まれ、マルドーネ公子の顔が青くなっていった。
「待って下さい、一体何をそんなにお怒りに──」
「受けるのか受けないのか、はっきりしてくれ。なおどちらにせよ、何もなかったことにはしない」
リオンさまは一歩も引くつもりはなさそうだ。
決闘を辞退するというのは、負けることより不名誉なこととされている。
「……わかりました。剣術でお願いいたします」
マルドーネ公子は渋々頷いた。




