部活
やると決めたからには、リオン殿下の行動は早かった。
二学期の中途半端な時期にもかかわらず、あっという間に経営学の先生に顧問を引き受けてもらうことができたのは、きっと皇族特権だろう。
そして無事、生徒会に『領地経営研究同好会』申請は受理された。ただ、さすがに部室までもらうことはできなくて、当面は二年生の教室で活動するらしい。
活動は週一。会長は殿下、副会長は兄。私はその他もろもろの雑務の担当だ。三人で活動することを前提にしていたのに、最初の活動日、私たちの他に三人もの人が入部希望だとやってきた。
二人は兄が勧誘した兄の同級生。あとの一人は、リオン殿下目当ての一年生の女子、一名だ。
「活動日を増やせば、もう少し集められるんだけどなあ」
集まった人数を見て、兄は残念そうである。部に昇格するには八名以上の人間が所属する必要があるらしい。正直、部活だろうが、同好会だろうがどうでもいいと思うのだけれど、そういうところは手を抜かない兄である。
もちろん、抜かない方がいいのだ。私と兄が椿宮に行き、不正を調査するために作ったものではあるが、その目的をすぐに悟られないためにも、少なくとも学院では真面目に活動しておく必要がある。
「では、とりあえず挨拶を。この同好会は領地経営に必要な帳簿知識や投資や法律など多岐に渡って学ぼうと思って作った。知っての通り、私は皇子だけれど、おそらくは将来的には皇室を出ることになるだろう。その時に出来ることは増やしておきたいと思ったからだ」
リオン殿下が全員の前に立って挨拶をする。
私の思い付きで始めることになったとは思えない。説得力のある言葉なのはさすがだ。
「当面は、まず最新の帳簿の付け方、複式簿記についての知識を深め、いずれは先生を交えて領地経営における投資などについて勉強していきたいと思っている。主たる責任者は私だが、別段、私が講義するというわけではなく、皆で学んでいこうと思っている。活動についての細かいところは、ダビーに頼む」
「じゃあ、まず、自己紹介からしていこうか。部長──今は会長かな、は、リオン殿下。俺は、ダビー・アルマク。殿下と同じ二年生で剣術部とここを兼部している。当面の活動については、殿下がお決めになるけれど、意見があったら、俺か殿下に言ってくれ。それから、こっちにいるのが、俺の妹のアルキオーネだ」
「お兄さまに巻き込まれました。一年生のアルキオーネ・アルマクです。よろしくお願いいたします」
兄の紹介を受け、私も頭を下げた。
実際の発起人は私なのだが、私は『兄に頼まれた』という形の方がいいと殿下に言われたのだ。確かに、私が言い出すより、殿下が言い出した形の方が体裁が良い。
「では、そちらから自己紹介していって。クラークから」
にかっと微笑んで、兄が仕切り始める。
「はい。クラーク・デイトリオン。二年生です。ぼ、僕も剣術部所属です。そ、その、し、子爵家出身の僕が参加していいものか悩みましたが」
「クラーク、学院の活動に家格は関係ないだろう?」
「すみません」
ぺこりとクラーク先輩は頭を下げる。
普段は気の弱い人だけれど、兄の話では剣を手にすると人格が変わるくらい強いらしい。兄も強いけれど、兄より強いと聞いたことがある。
その証拠に体格はものすごく大きい。身長はこの中で一番高いし、肩幅もがっちりしている。かなりマッチョだ。
「次、フィリップ」
「ああ。フィリップ・ランデバー、二年生です。おれとダビーとは幼馴染で、殿下と同じ魔術研究部に所属しています。アルも久しぶりだね」
「はい。フィリップ兄さまも、お元気そうでご一緒できて嬉しいです」
フィリップ兄さまは、うちの家門と同じ侯爵家だ。父同士がとても仲が良く、私にとっても幼馴染だ。
クラーク先輩とは対照的に、背が低くしかも線が細め。顔立ちが非常に中性的で、こんなことを言っては何だけれど、女装が似合いそうな人である。
「それからメルダナ嬢でしたね」
「ええ。エミリア・メルダナ、一年生です。リオンさまが新しい部活を立ち上げられたとお聞きして馳せ参じましたの」
頷いて立ち上がったのは、エミリア・メルダナさま。公爵家のご令嬢だ。
エメラルドグリーンの髪は見事な縦ロール。前世の少女漫画なら、確実に『悪役令嬢』スタイルである。抜群のスタイル。やや釣り目なため、ちょっとだけきつめな美人だ。
彼女は先程から私をまるで親の仇でもみるかのように、キッと睨みつけている。
どうも敵視されているようだ。
殿下の親友の妹というポジションを私が利用していると思われているのかもしれない。
「助かります。部活に昇格するにはまだもう少し人数が必要ですので、メルダナ嬢にもご助力いただけると助かります」
兄はそんな彼女の表情に気づいていないかのようににこにこと笑っている。けれど、彼女を殿下や私から遠い位置にさりげなく座らせたのは兄だ。
彼女はリオン殿下に思いを寄せる令嬢の中で一番積極的なのだそうだ。ただ、メルダナ公爵は帝位継承権争いに巻き込まれたくないという考えでいるため、正式な縁談の話は持ち上がっていない。エミリアさまとリオン殿下が婚約となれば、リオン殿下が皇帝になる道も開けてくるため、政治的にも簡単ではないのだろう。
メルダナ公爵は清廉潔白、質実剛健を身上としている人だし、発言力もある人だ。それだけの力がある。
リオン殿下としては、エミリアさまと縁を結ぶのは悪くないはずなのだけれど、逆に言えば、継承権争いをしますと宣言するようなものだ。いずれにせよ、好き嫌いだけで進む話ではないらしい。
「今日はまず、財務局の入試の過去問を手に入れてきたから、それをやってみよう」
リオン殿下はにこやかに笑って、私たちにプリントされた紙を渡す。
「財務局の入試問題って、そんなのよく手に入りましたね……」
別段、機密書類ではないけれど。
最初に役所の入試問題を手に入れてくるとか、さすが皇子さまだ。公務員の過去問が書店で手に入るような環境ではないのに。
「これくらいの融通は私でも利かせられるよ。でもそんな風に感心してもらえると嬉しいね」
にこりと殿下に微笑まれ、思わずどきりとしてしまった。
美形は罪だ。
ふと見るとエミリアさまの顔が怖い。いや、でもリオン殿下が問題を手に入れたのは同好会のためで、私のためじゃないから。
そう思いながら、さっそく問題に目を通す。
中等部で学習した知識だけでは、たぶん解けない。一般教養問題とされるそれは、語学、歴史、計算問題など幅広い。簿記の基礎知識、法律問題などもある。
正直難しい。
なるほど。官吏になるには、こういう知識が必要なのか。
官吏になろうと思っていたわけではないけれど、そういう人生もありかもしれない。わからない問題を眺めながら、私は少しわくわくしてきた。知らないことを知ろうとすることは好奇心を刺激される。
一般論として。この国の上級貴族の子女は働くことを良しとしない。
女性が働くことはイコール生活が苦しいとみられてしまうかららしい。貴族のプライドというやつだ。女性は結婚して子供を産み、夫を立て、家庭を守るのが良いと思われている。もっといえば、その家のことも、ほとんど使用人任せで家事もしない方が、より貴族的だ。少なくとも私は料理が大好きだから、厨房に入るな、なんて言われたら家出するかもしれない。
もちろん、仕事をせずに遊んで暮らせるのはある意味では夢のような生活ではあるのだけれど。前世、バリバリ仕事していた私にとって、それって本当に幸せなのかなと首を傾げてしまう。
「みんな終わった? 終わったら、答案用紙を交換して採点しようか?」
リオン殿下に声をかけられて、私は顔をあげた。
全員で答案用紙を交換し、採点することになる。
私の答案用紙は、エミリアさまが、私はリオン殿下の答案用紙を採点することになった。
「すごい。さすがですね」
リオン殿下はほぼ満点に近くて、このまま入試に合格しそうなほどだった。
既に高等部以上の知識があるってことだろう。
結果として、合格できそうなのはリオン殿下だけだった。次いで私とフィリップ兄さまが同じくらい。一番点数が悪かったのは兄だった。
「しかし、アルは一年生なのにすごいね。おれは魔術省に入るために勉強していたからわかったのだけれど」
フィリップ兄さまが、兄の答案用紙を見ながら苦笑する。
「あなた、まさか侯爵令嬢の身で、官吏になるおつもりなの?」
エミリアさまは私の答案用紙を見て驚いている。
「今までそんなふうに考えたことはありませんでしたが、頑張ってみるのもいいかもしれませんね」
前世の記憶が戻ってから、原作回避のことばかり考えていたから、将来どうするかなんて考えたこともなかったけれど。
「でも官吏などになったら婚期が遠のくのではなくって?」
エミリアさまの顔が険しくなる。上級貴族の令嬢である彼女にとって、女性が率先して仕事をするということはあり得ないことなのだろう。
「それで遠のく縁談なら、なくてもいいかなーと」
「おい。アルキオーネ、正直すぎだろう」
兄はあきれ顔だ。
あまり外でそういうことをいうなと言いたげである。まあ、そうか。アルマク家が苦しいと思われてしまうってことだろう。
「あ、あの。ぼ、僕は」
「その程度のことでアルの良さがわからない男なら、最初からやめた方がいいよ」
何か言いかけたクラーク先輩に割り込むように、フィリップ兄さまが私に笑む。どこか笑顔の圧が強めなのはなぜだろう。
こほん、と、リオン殿下が咳払いをする。
「官吏になるかどうかはともかくとして、広く知識を持って損をすることはないはずだ。男女問わず、家門を継いだり、それを支えたりするには深い知識が要求されるだろうし」
「そうですわね。私も頑張りますわ」
エミリアさまは頷く。急にやる気がみなぎってきたみたいだ。
ああ、そうか。家門を支える、つまりリオン殿下に嫁ぐとなれば、高い教養が要求される。彼女がやる気になるのは当然かも。
「とりあえず、もっと学業がんばらなくっちゃ」
答案用紙を見ながら、私は決意を新たにしたのだった。




