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私を殺すラスボスは兄の親友  作者: 秋月 忍
高等部編

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38/119

入学式 1

 この世界の新学期は日本と同じく四月始まり。

 西洋風な世界だけれど、『学院の赤い月』は日本の作家の書いた小説だから、なのだろう。

 なんにせよ、この世界にも桜がある。

 満開の桜の咲き誇る学院の門を私はくぐった。

 いよいよ原作スタートだ。


 記憶が定かではないけれど、既に原作と違うところがいくつかある。

 まず、私は、別にレジナルド殿下のことは何とも思っていない。そして、レジナルド殿下ではなく、リオン殿下、リオンさまの婚約者候補だ。

 実は既に『婚約』が本決まりになりそうだったのだけれど、わがままを言って高等部卒業までは『候補』のままでとお願いしている。そのかわりといってはなんだけれど、殿下呼びは禁止された。まあ、それは私だけではないのだけれど。

 もちろん、『候補』より『婚約』した方が、より原作から離れることができるのだけれど、私への同情と国家の安全的な理由だけで婚約が決まったら、リオン殿下にあまりにも申し訳ないと固辞した。

 だって、リオンさまは、原作の通りならマイア・タランチェ子爵令嬢に惹かれるはずだから。

 私が原作を回避して生きる未来があるなら、ひょっとしたら、マイアがレジナルド殿下ではなくて、リオンさまを選ぶ未来だってあるかもしれない。それなら、その道を潰すようなことは避けるべきだ。

 少なくとも私の知る限り、リオンさまは原作のようなサイコパスではなく、『赤い月』なる魔術集団を率いてはいない。

 そもそもリオンさまはこの三年間、私から見ても忙しそうで、そんな裏組織を作っている暇はなさそうだった。

 例の横領事件と光輪派の捜査、椿宮の地下に見つかった巨大な遺跡の探索など陛下から思いっきり仕事を割り振られ、あれでよく学業の成績が落ちなかったと不思議になるくらいである。

殿下の能力を見定める為とはいえ、鬼だ。

 椿宮の横領事件は事件発覚から間もなく方がついた。

 主犯はポルダ家令。

 彼は当初、『エローナ侯爵家の再起』を願っていたらしい。

 エローナ侯爵家の行き過ぎた忠誠心を理由とするには、ルシアーナ妃殿下やリオン殿下への態度など納得はいかないことが多いが、シュリーマン神官長にその気持ちを付け込まれ、言いなりになっていたようだ。

 元々賭博で借金のあった、ニック・ドロワ男爵を巻き込み、多額の金銭を神殿に寄付献金するだけでなく、ルシアーナ妃とリオン殿下をそれぞれ孤立させた。教義を盾にルシアーナ妃の治療の妨害行為も、全ては神殿の指示によるものだった。

 そうすることによって、リオンさまがより強くなると信じていたとのことだ。酷い。

 シュリーマン神官長を指示していた『ナスラン』なる人物は、三年たった今も捕まっていない。シュリーマンによれば、『ナスラン』は借金苦にあえいでいた五年程前マーケー地区の神殿にふらりと現れたそうだ。ただ、どこで何をしている人物なのか、その年齢も性別さえも誰も知らない。

 その姿を見たものは思考を奪われてしまうそうで、いつの間にか神殿や孤児院は『ナスラン』の思惑通りに動く『駒』になっていたようだ。

 数少ない目撃証言などをつなげると、二十代後半の見目麗しき人物で、言語に多少()()()があったらしい。

 なんにせよ、プロティア教団はもちろん、光輪派のローバー・ダリン司祭もその人物の存在を知らないと主張し、教団も総力を挙げて捜索中とのことだ。

 ルシアーナ妃の病は、ゴルをきちんと服用を始めると急激に快方に向かい、数か月後にはすっかり健康を取り戻した。

 ルシアーナ妃の見たものは未来視ではなく『悪夢』だったらしく、リオン殿下を見ても衝動はおこらずにすんだとのこと。

 なんにせよ。

 椿宮に平穏はもどった。

 地下遺跡については、本当に学院の高等部から椿宮にたどり着けるほどの広さがあった。現在は、いくつかの出入り口は安全のため封鎖をしているそうだ。


「アルキオーネさん!」

 クラス分けの張り紙を見ようとしていたら、エミリアさまに声をかけられた。

 エメラルドグリーンの髪をポニーテールにしている──私とリオンさまの婚約話が持ち上がったのを区切りに、エミリアさまは縦ロールをやめたらしい。前の縦ロールも素敵だったけれどポニーテールももちろん素敵だ。今まで人を寄せ付けない雰囲気があったエミリアさまだったけれど、それがなくなって清楚な親しみやすさが増した気がする。

「ご覧になられました? (わたくし)たち、同じクラスですわ」

「本当ですか!」

 私はエミリアさまと手を取り合って歓喜する。

 やっぱり仲の良い人と一緒だと嬉しい。

 そう。私はエミリアさまにとって、リオンさまを奪った? 女のはずなのだけれど、相変わらず仲良くしていただいている。エミリアさまがおっしゃるには、『私は皇子さまに恋していただけで、リオンさまに恋していたかどうかは微妙』なのだそうだ。それはきっと嘘だとは思う。私はリオンさまのことを目で追っていたエミリアさまを知っているから。

 それでもエミリアさまは私と友人であり続けることを望んでくださった。それがどれだけしんどいことだったのかわからない。けれどエミリアさまは私にそんな様子を全く見せなかった。強くて優しくて、気高い人だ。そんな人、好きにならない方がおかしい。

「Aクラスですよ。アルキオーネさんと一緒でほっとしました」

「嬉しいです!」

 私も張られた紙を確認する。

 名前を追っていくと、私とエミリアさまの名前のほかに、マイア・タランチェ子爵令嬢の名があった。

 ちなみに、マイア・タランチェ令嬢とは直接の面識はない。

 この国の社交界デビューはたいてい高等部に入ってからだから。上級貴族の子息子女はそれなりに交流があったりはするのだけれど。

 まあ、私自身があまり社交的ではないというのが大きいとは思う。

「そういえば主席はアルキオーネさんだけれど、新入生代表挨拶はマルドーネ公爵令息なのですってね」

 入学式の為にホールに移動しながらエミリアさまが話しかけてきた。

「ええと、はい」

 別段、そんなものをしたかったわけではないので、私はあまりこだわらないし気にも留めていないのだけれど。

「やっぱり、女性だとよくないとかそういう風潮があるのかしら」

 エミリアさまは少し憤慨しているようだ。

「私は別に気にしていません。家格もあちらの方が上ですし、やりたかったわけでもないですから」

 ニック・マルドーネ公子は中等部は北中等部なので、あまりよく知らない。小説に出てきたわけでもないし。

 それこそ上級貴族の子息子女の集うパーティのようなもので顔を見たことはあるけれど、たいして話をしたことがない。馬鹿みたいに交流関係の広い兄が、マルドーネ公子とはあまり親しくないというのもある。

「アルキオーネさんはリオンさまの婚約者ですから、家格云々は問題ないはずですわ」

「……まだ、候補です。学院を卒業するまで、私はリオンさまを義務で縛りたくはないですから」

 私は思わず念を押す。

「ふふふ。義務だと思っているのはアルキオーネさんだけですわ」

 エミリアさまは楽しそうに笑む。

「あまりつれないことをおっしゃるとリオンさまが悲しまれますわよ」

 そんな風にエミリアさまから言われると、私は何を言っていいのかわからなくなる。いつまでも引きずっているのは私の方かもしれない。

「そういえばダビー先輩も生徒会の役員でしたっけ?」

「はい。リオンさまに無理やり引きずり込まれたそうです」

 この学院の生徒会は、選挙制ではなく指名制。しかも身分制度の上位優先だ。ゆえに、皇子二人が当然優先された。会長はレジナルド殿下。副会長はリオン殿下。書記は三年生のラキア・レイベナ公爵令嬢、会計は二年生のヴィゼル・ロンバート侯爵子息だ。兄は広報らしい。まあ、らしいといえばらしいけれど。

「今年の生徒会はロイヤルですから大変そうね」

 ふふふと、エミリアさまが微笑む。

「外野が考えるより穏やかな生徒会みたいですよ」

 レジナルド殿下とリオンさまの仲は悪くない。だから派閥争いみたいなものもなく、うまくいっているらしい。

「ダビー先輩が上手くやっているのでしょう?」

「兄を買い被りすぎだと思います」

 兄は人付き合いの上手い人間ではあるのは確かだけれど。

「そうかしら」

 エミリアさまは小首をかしげる。とても可愛らしい。

「何にしても、今日の入学式の司会進行は兄だそうです。失敗しないといいのですけれど」

「ダビー先輩なら、大丈夫ですわ」

「そうだといいのですけれど」

 もちろん失敗したところでどうということはないのだけれど、やはり少し心配してしまうのは、身内のサガだろう。

 私たちはホールに置かれた椅子に座り、入学式が始まるのを静かに待つことにした。 

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