妹 ダビー視点SS
俺の妹、アルキオーネは人と変わったところがあった。
もともと頭のいい妹ではあったけれど、龍の病で生死をさまよってからは、なにも習っていないはずなのに、帳簿の間違いを指摘したり、厨房に入って、誰も食べたことのない料理を作り始めたりした。
令嬢としてはかなりの奇行ではあったけれど、両親は特にとがめたりはしなかった。
そもそも、うちの両親は世間一般の常識から外れたところがある。
それなりに地位も名誉もある立場ではあるけれど、そこから上を望むわけでもなく、どちらかといえば安定志向。ただし、新しい物に対して非常に好奇心が強いところがあって、柔軟な思考を持っている。
そんな両親に育てられていることもあって、妹はその才能を親につぶされるようなこともなく、のびのびと発揮するようになった。
妹は、普通の令嬢のように王子さまとの結婚を夢見ることはなく、冷静で現実的だ。
親友であるリオン殿下を紹介した時も、最初こそ緊張したようだったが、非常に冷静で、浮ついた反応など欠片も見せない。
そんなところが最終的には陛下を通じて求婚状がくるという話になったのだろう。
ちなみに、親父は驚きのあまりに、母のお気に入りのグラスを割ってしまい、大変な話になった。
母のご機嫌を取るのに、想定外の出費が必要になったのだが、まあ、それはともかくとして。
親父は政略結婚など、はなから頭になかったらしい。
それはそうだろう。娘を皇族に嫁がせようと思うなら、厨房で料理するなんてことはさせるべきじゃない。
「私は、反対よ。ランデバー侯爵さんの息子さんのフィリップ君では駄目なの?」
母は幼い頃から知っているフィリップを気に入っていて、将来的にはアルキオーネと婚約をと昔から考えていたらしい。
「しかしなあ。フィリップ君は、次男だし。そもそも、陛下からのお話を断ったりは出来ないだろう?」
親父の表情は険しい。
俺も、アルキオーネが龍の巫女なんて話がないのであれば、アルキオーネの相手はフィリップがいいのではないか、とは思っていた。少なくともフィリップはアルキオーネを嫌ってはいないし、アルキオーネの奇行をある程度までは許してくれるだろう。もっとも、ランデバー侯爵としては、フィリップをどこか貴族の『家』の婿にと思っているかもしれないし、フィリップ自身がアルキオーネを『女性』として見れるかどうか疑問だけれど。
皇族の嫁、しかも一歩間違ったら国母になるかもしれないような立場に、アルキオーネがなれるのか、身内としては不安でいっぱいだ。もちろん、アルキオーネは優秀だから、仕事はうまくこなしてしまうだろうけれど、うちのように自由な行動は出来なくなる。そうしたら、アルキオーネはアルキオーネでなくなってしまうような気はして、兄としては複雑だ。
ただ、殿下の婚約者になれば、常に護衛がいる状況も普通だし、なんなら、龍の加護がらみの体調不良の時に宮廷医師に診てもらうことも可能である。今回の孤児院絡みの話で、龍の巫女を狙う輩が実在しているということが発覚した以上、安全面を考えると、その方がいいのかもしれない。
それに。
たぶんだが、リオン殿下は、アルキオーネのことを憎からず思っている。それが愛とか恋なのかは、俺にはわからないけれど、他の令嬢に対する態度とは違う気がする。
もっとも。他の令嬢と、アルキオーネが違いすぎるから、という側面もあるから、好いているかもしれないと思うのは俺の勘違いな可能性もある。
そもそも肝心のアルキオーネはどう思っているか。
殿下のことは嫌いではなさそうだが、すぐに受け入れられる状態ではなさそうだ。
アルキオーネはメルダナ嬢に対して友愛を感じているから、彼女を出し抜くようなことはしたくないだろうし、それに、未来視で、殿下が自分を害そうとしていたと言っていたから、その未来に対しての恐怖もあるだろう。
身の安全の為にという理由は未来視で見たものと矛盾する。
「お兄さま、私、やはりまだ『婚約』など考えられません。もちろん、陛下のお話をお断りするのは難しいのはわかっていますし、自分には過ぎたお話だというのも分かっています」
ようやく屋敷に戻る馬車の中で、アルキオーネはため息をついた。
ずっと悩んでいたのだろう。
「それに殿下だって、この先に素敵な人と出会われる可能性が高いですし……」
「しかしなあ」
「私の身の安全のためというのはわかります。国家としてもその方が安心なのも」
アルキオーネはやはり聡い。
「少なくとも、高等部を卒業するまでは、婚約者候補という形にできないでしょうか?」
「婚約者候補?」
「婚約するなら、いつでも解消ができるような形がいいと思うのです。私から解消は出来なくてもいいですから、少なくとも殿下には選択権があるべきです」
アルキオーネはこの婚約はアルキオーネに一方的に『益』があると考えているのだろう。
「アルマク家は政治的な力はあまりないですけれど、皇太子候補として残れないほど弱いというわけではありません。政治的な力を得たいと思うにしろ、継承権を放棄しようと思うにしろ、殿下にとってあまりに中途半端な相手です。私への同情、国家的な義務感でリオン殿下の将来を決めてしまうのはあまりにも申し訳ないですから……」
「それはわかるが……アルキオーネはリオン殿下自身のことはどう思っている?」
今の話を聞くかぎり、アルキオーネはリオン殿下のことばかり気にしていて、自分の気持ちについて何も語っていない。
「わかりません」
アルキオーネは首を振る。
「優秀で、誠実な方だとは思います。お兄さまの信頼する方ですし、何度も助けていただきました。嫌いではありません。ですが……未来はどうなるかわかりませんから」
アルキオーネはそう呟いて、車窓に目をやる。
カタコトという音とともに、椿宮は遠ざかっていった。
<お知らせ>
ここまで毎日更新で参りましたが、高等部編を始めるにあたって、ストックを作りたいと考えております。
連載再開は、6/18を予定しております。
しばらくお時間をいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
中等部編は恋愛要素が薄めで申し訳ありませんでした。
高等部編は恋愛要素をもう少し入れていくつもりでおります。
ちなみに。
当初の予定より、兄妹そろって激ニブになりました。(アルキオーネより、ダビーの方がさらに鈍そう)
楽しみにお待ちいただければ幸いです。




