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私を殺すラスボスは兄の親友  作者: 秋月 忍
中等部編

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30/119

合流

 エディの熱は下がってきたものの、意識はまだ戻らない。

 気が付けば、日が傾き始めていて、そろそろ家に連絡ぐらい入れないといけない時間だ。

 エディは今晩はここに入院という形になる。

 ジュテスト医師の話では、私の時よりもよほど悪いらしい。まだ幼いから体力もないから、魔素を抜いたら大丈夫という形にはならないのだ。

 殿下がジュテスト医師と話している間、私はずっとエディの傍に座り、ただ様子を見守る。見守ることしかできないのがはがゆい。

「アルキオーネ」

 兄の声に振り向くと研究会のみんなの姿があった。どうやら早めに切り上げてこちらに来たらしく、入り口で殿下と合流したとのことだった。

「お兄さま。大丈夫でしたか?」

 奉仕を始めようとした矢先に抜けることになってしまったし、それもかなり強引な形だったから、残された兄たちは大変だっただろう。非常に申し訳なかった。

「なんとかね。ただ、ちょっとしたトラブルがあったかな」

 兄は少しだけ肩をすくめた。

「ダビー先輩のおかげで助かりましたの」

 エミリアさまが申し訳なさそうに頭を下げる。

「どうかなさったのですか?」

「私が不勉強だったの。まさか絵本を読んでいて、あんなことになるなんて」

 エミリアさまは俯く。

「絵本?」

「デリックの冒険を読んだのです。私の小さい頃からの愛読書で、他の孤児院でも何度か読んであげたことがあって」

 デリックの冒険は、帝国でも有名なおとぎ話で、勇者デリックがグリフォンにまたがって世界中を旅するお話だ。

「子供の一人が、デリックがグリフォンをなぜ倒さないのかと言い出してね」

 フィリップ兄さまが苦笑する。

「それを聞いた神官が、その絵本を有毒書だと騒ぎだしてなあ」

 兄は大きくため息をついた。

「デリックの冒険を?」

 帝国民なら誰もが知っているような物語だ。勧善懲悪の冒険活劇であり、多少暴力的かもしれないが、愛と勇気の物語である。さすがに有毒は言い過ぎではないだろうか。

「ようするに、彼らの中では魔獣は悪であり、害なのさ。それがたとえ物語であっても許せないことらしい」

「まさかあのようなことを言われるとは思ってもいなかったので、(わたくし)、頭が真っ白になってしまいましたの」

 エミリアさまの気持ちはわかる。

 そもそもデリックの冒険で、デリックの相棒であるグリフォンをデリックが倒したりしたら、物語そのものが変わってしまう。

「まあ、そこで、ダビーがキレて、物語の世界にまで文句をつけるほど、女神プロティアは狭量じゃない。プロティアはもっと優しく寛大だと大演説を始めてね」

 くすくすとフィリップ兄さまが笑う。

「まあ」

「とりあえず、プロティアの力でグリフォンが人間の姿になって、めでたしめでたしって結末に変えてやったのさ」

 兄は口の端を僅かに上げて見せた。

「お兄さまは相変わらず適当にお話をでっちあげるのが得意ですのね」

「おかげでとても助かりましたわ」

 エミリアさまは心から感謝しているようだ。

「子供たちもその結末に納得してくれたようでしたし、神官さんも文句をつけられなくなりましたから」

「ガデリ司祭が、ダビーを弟子にしたいと言っていた意味がよくわかるよ」

 くすりと殿下が笑う。

「俺はそこまで、プロティア教に傾倒してないし」

 そう。アルマク家は多くの帝国民と同じくプロティア教徒ではあるけれど、そこまで熱心ではない。うちは神力より魔力の強い家系だからというのもあるかもしれないけれど。

「お兄さまは口が回るだけですものね」

「まあな。とりあえず、そんなこともあったりして、あまり居心地はよくなかったから、早々に引き上げてきたところさ」

「外に連れ出しても、みな、そこまで体力がなさそうでしたしね」

 クラーク先輩は首を傾げる。

「おれも建国神話を読んであげていたのだけどメルダナ嬢のところで大騒ぎになったから、途中で読むのをやめたよ。でもかえって良かったかもしれない。龍使いじゃなくて、龍を倒せとか言い出されたら面倒だったし」

「物語の前提が変わってしまいますね」

 あるがままの姿が正しいとは言わないけれど、絵本の内容にケチをつけられたら読み聞かせができる本が限られてしまう。

「随分と徹底して、光輪派の信徒として教育しているのだな」

 リオン殿下の表情は苦い。

「魔獣は悪しきものですか……」

 もちろん、多くの魔獣は人に害を与えることが多い、特に辺境では魔獣に襲われて命を失う人の数は少なくない。ただ、人間の生活や文明は魔獣がもたらすもので豊かになった側面もあるのだ。もしこの世からすべての魔獣が消えてしまったら、私たちの生活は一変してしまうだろう。いい面もあるかもしれないけれど、生活水準が落ちてしまう部分もかなり多い。

「それから、神官長がずいぶんと殿下の連れて行った男の子のことを気にしていた」

「そうだね。ただ、心配していたのとは違う気がしたよ」

 フィリップ兄さまは険しい顔になる。

「神官長はアルや殿下に対して怒っていたようだった。もちろん、表立って殿下に対して悪態をついていたわけではないけれど、あの目つきはかなり嫌な感じだった」

「……そうか」

 規則をたてに拒絶する神官長を振り切って、エディをここに運ぶことに決めた私と殿下に対して、いい感情がわかないのはなんとなくわかる。

「……私はともかく、しばらくはアルマク嬢の安全に気を配ったほうがいいかもしれないな」

「それは、神官長が報復をすると?」

「エディの意識が戻って話を聞かないことには確証は持てないが、あの子が無理やり魔素を摂取させられていたとしたら、間違いなくあの神殿ぐるみで何か行っていたということだろう」

 医師が誤診して間違った薬を出したのでなければ、孤児院は完全に黒である。

「もしそうだとしたら、私なら発覚する前に逃げますが」

「普通はそうだろう」

 殿下がコホンと咳払いをする。

「あの人たちは……普通ではありませんわ。(わたくし)、絵本を読んでいて身の危険を感じたのは生まれて初めてでしたもの」

 エミリアさまは思い出したのか、ぶるりと体を震わせてからそっと目を伏せた。

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