巫女
なんだかすごい大ごとになってきた気がする。
もちろんいずれ、塔の教え長であるザナン伯爵にもお話を聞きたいとは思っていたけれど。
話が長くなることが予想されるらしく、陛下はアルマク家にその旨の使者を立てて下さることになった。
ひょっとすると今日は宮廷に泊まりかもしれないらしい。私、実験動物にでもされてしまうのだろうか。
「そんなに心配そうな顔をする必要はない。別にそなたに害を与えるようなことはしないから」
私の顔を見て、陛下は苦笑する。
「龍の巫女も、寵児も未来視については大きな違いはない。龍の見せかたが少し違うだけだ」
どちらも龍の力が働くのをコントロールできるわけでもない。また、その個人と関係のないものは見ることができないというのは変わらないらしい。
「起こりうる未来の自分の選択の場面を見る、というのが寵児。龍の目を通してみるのが『巫女』だ」
「龍の目?」
ちょっと待って。
さすがにあの距離に龍がいたら、殿下だって気づくと思うし、そもそも椿宮に龍が飛来したなら大騒ぎになるはずだ。
「別にすぐそばに龍が来てのぞき見しているわけではないぞ」
くくくっと陛下は私の反応を見て笑った。
「要するに視点の違いってことでしょうか?」
脇で聞いていた兄が口をはさむ。
「まあ、そうだな。巫女の方が当然、情報量が多い。そして、自分が選択できるかはともかく、人生において重要な『未来』という話だな」
それはなんとなくわかる。
あの場面では、私は微動だにしていなかった。ひょっとしたら意識はなかったかもしれない。私に選択の余地はなかったけれど、命にかかわる場面ではあったように思える。
「龍の寵児そのものの資料も少ないが、巫女となるともっと少ない。詳細はザナンが来てからにしようか」
陛下はふうっと息を吐いた。
「あの。私がみたのは、ただの悪夢という可能性はないですかね?」
ここまで大騒ぎして、ただの悪夢だったら非常に申し訳ない気がする。
「それはないよ」
リオン殿下が首を振った。
「君の中で龍の力が働いていたのは間違いない。ジュテスト医師の治療が必要だったのだから」
「ジュテスト医師はルシアーナ妃の専属だったと思うが、どういう経緯だね?」
陛下は鋭い目でリオン殿下を睨むように見た。
ああ、そうか。本来、宮廷医師が侯爵家の私を診察する必要はないのだ。公式行事や、私が椿宮で倒れたとかなら話は違ってくるけれど。
「母上の治療に関し、彼女の力を借りました。そのせいで、彼女は体調を崩したので、相談に行ったまでです」
「申し訳ございません」
私は頭を下げる。
「アルマク嬢が頭を下げる必要はない。連れて行ったのは私の判断です。そしてその判断が間違っていたとは思いません」
リオン殿下はまっすぐに陛下を見る。
「本日ご報告したいと思っていた件はそのことも含めてのことでした」
リオン殿下は椿宮の横領事件についてのこと、ポルダ家政婦長の話などについて説明をした。
「ふむ。司祭のガデリに説得させたのか。いい人選だな」
陛下はほんの少しだけ口の端を満足そうに上げる。
「もっと手こずるかと思ったが、アルマク兄妹に助けられたな、リオン」
「おっしゃる通りにございます」
殿下は頭を下げる。
なんだか少し嫌な感じだ。上から目線なのは、皇帝だから当然ではあるのだけれど。
リオン殿下が陛下の手を借りることをためらっていたのは、こういう陛下の態度のせいだろう。
「椿宮の人事裁量権をお前にやろう。好きにするがいい」
「ありがとうございます」
ひょっとすると今回の件は、陛下は、殿下の能力を試していたのかもしれない。うまくいったからいいようなものの、失敗したらどうする気だったのか。
なんだろう。凄くもやもやする。
「横領はともかく、陛下は、ルシアーナさまのご病状については把握されていらっしゃったのでしょうか?」
兄がそっと私の袖を引っ張る。
やめろと言われているのはなんとなくわかるけれど、我慢できなかった。
「それとも、皇帝陛下は興味の失せた側室なら、病に臥せっていてもなんとも思われなかったということですか?」
「何?」
陛下は私を睨みつける。
「人の命がかかっていることで、皇子殿下を試すようなことをなさるのは、人としていかがなものかと思います」
「そなた、儂に意見すると言うのか?」
「アルマク嬢、いけない」
リオン殿下が割って入った。
「大丈夫です、殿下。陛下は年端も行かぬ小娘のこの程度の諫言を受け入れない狭量な主君ではないはずですので」
兄が静かに口を開く。フォローしているのではなく、かえって煽っている気がするけれど。
「フハハハハ」
突然、陛下が大声で笑い始めた。
「愉快だ。実に愉快な兄妹だ。良き友を得たな、リオン」
「陛下?」
リオン殿下はポカンと口を開け、陛下の変わりように茫然としている。
「確かに、椿宮の女主人が病に倒れたら、宮が回らなくなるのは当然。権限のないリオンではなく、儂がもう少し気にかけるべきであったな」
陛下はにやりと私に向かって笑みを向ける。
「妃に興味が失せたわけではない。いろいろ忙しかったのだ。まあ、言い訳にはなるが。少々不穏なことが多くてな。後回しになっておった。妃の病状について報告はあがっておったが、ジュテスト医師に任せておけば良いと思うておった」
病気に関しては医師に任せるしかないというのも事実ではある。
「しかし、アルマク嬢、そなたは実に怖いもの知らずだな」
「……申し訳ございません」
私は頭を下げる。
「いや。気に入った。儂があと二十年若かったら、そなたを妻に迎え入れたかったぞ」
陛下は軽くウインクした。
正直、どう返すのが正解なのかわからない。
「陛下、ご冗談が過ぎます」
リオン殿下は呆れたようにため息をつく。
「どうだ。アルマク嬢、うちの息子のどちらかに嫁ぐ気はないか? リオンでもレジナルドでも好きな方を選んでくれて構わんぞ」
「ありがたいお言葉でございますが、私に皇族の妻は務まりませんし、そもそも両殿下もお望みではないでしょう」
死亡フラグの話がなかったにしろ、皇族の妻なんかになったら窮屈極まりない。料理ができなくなってしまう。
「おや、そうなのか? リオン」
「陛下、今はそのような話をする時ではありません」
リオン殿下は少し怒っているようだ。確かに話がだいぶそれた。
「しかしなあ。アルマク嬢が真に龍の巫女であるなら、冗談抜きで、その方がいいかもしれぬ」
「……それはいったい、どういう意味ですか?」
急に不穏なものを感じて、私はたずねる。
「巫女は寵児と違って、龍とのつながりが深い。それゆえに、狙われる可能性も高くなるのだ」
「誰が何の目的でねらうのですか?」
龍と繋がっているといっても、龍の力はコントロール不可能だというのに。
「龍使いというのを聞いたことはないかね?」
コホンと陛下は咳払いをする。
「建国神話に出てくる、龍使いのことでしょうか?」
私は首を傾げる。
この世界の龍そのものは、神に近しい力を持っているが、その存在自体は悪でも善でもない。ただ、力ある存在というだけだ。
だが、その昔、龍を使役し世界を支配しようとした者がいたという。
その龍使いを倒したのがこの国を建国した皇帝フェルダである。
「龍使いは、龍の巫女を贄にして龍を支配するといわれています」
突然、しわがれた老人の声がした。
「遅いぞ、ザナン」
いつの間に来たのか、ローブをまとった白髪の老人が殿下の横に表れた。
「私は老人でございますよ、もう少しご容赦くださいませ、陛下」
老人、ザナン伯爵はわざとらしく、腰の後ろに手を回して叩く仕草をしてみせた。




