皇帝
遅刻。すみません。短いです。
龍の病に罹患する人間はそこそこいるが、未来視まで視る人間はそんなにはいないらしい。いても、言わないだけの可能性も高いけれど、命の危険があるほど龍の『力』の影響を受けないとみないとされている。
過去には国家的な事件などの予知ができないかなどの期待があったため、かなり非道な研究をしようとする研究者もあったとか。
ただ、どうやっても、その本人の未来に影響を及ぼす出来事しかみることができないということがわかってきて、研究は打ち切られた。そもそも龍の力は一方的に発動するもので、ほぼコントロールができない。
私がゴルを服用して発動したような形は再現できなくもないけれど、下手をすると未来視をするより先に、死に至る危険もかなり高いのだと、リオン殿下は話してくれた。
「この国は龍の脅威と恩恵の両方を受けている。皇族にだけ伝えられている知識もかなりある。私が知っている以上に、父は知っているはずだ」
「ええと。私は別に国家秘密まで知りたいと思っているわけではないのですけれども」
会いたいと言ってすぐ会えるものではない……と思っていたのだけれども、案外その日のうちに謁見できることになってしまって、私と兄はリオン殿下とともに、陛下の執務室へと向かうことになった。
もちろんあくまでも非公式のものだ。
そもそも私と兄は神官見習いの服である。正装ではあるけれど借り物だ。
「とりあえず、未来視に振り回されない方法を知りたいだけなので」
「そうだね」
リオン殿下は頷く。
「アルキオーネの未来視より、ルシアーナさまの未来視のほうが重要だ。アルキオーネのほうは、情報が多いから、回避の望みがあるしな」
「とはいえ情報を増やす方法は、たぶんないだろうな。それがコントロール可能なのであれば、すべての龍の寵児は国家に管理されるようなことになりそうだ」
リオン殿下は首を振る。
確かに思い通りになるのであれば、何よりも得難い『能力』だ。
「難しいのですね」
陛下の執務室は、宮廷の奥にある。ちょうど、皇族のプライベートエリアと役所の境目にあるのだ。
廊下には美しい赤いじゅうたんが敷かれていて、壁には美しい文様が描かれている。魔物と遠距離攻撃などを防ぐ結界の陣が張られているだけでなく、要所要所に護衛の騎士たちが立っていた。
「陛下、リオン殿下がいらっしゃいました」
扉の前で、リオン殿下の姿を認めた兵が扉の中に声をかける。
「……入れ」
低い男性の声がして、殿下と私たちは部屋の中に招き入れられた。
「お初にお目にかかります。アルマク侯爵家嫡男のダビーと申します。こちらは妹のアルキオーネです」
「ご機嫌麗しゅう存じます」
私と兄は丁寧に貴族の礼を取った。
「非公式の場だ。そんなにかしこまらなくていい。頭をあげよ。リオンが世話になっているそうだな」
「いえ。いつもリオン殿下にはいろいろとご迷惑をおかけしております」
兄はかしこまった口調のまま答えた。
普段、割と誰それ構わず砕けた口調で話す兄ではあるけれど、さすがに陛下相手にそれはできない。
「まあ、そちらにかけなさい。立ったままではお互い話をしづらいだろうから」
陛下に言われて私たちはようやく頭をあげた。
部屋はリオン殿下の執務室と似たような作りだが、とにかく広い。調度品の大きくて、執務机は普通の倍くらいの大きさだ。奥にはカウンターバーのような空間があって、水差しが置かれていた。
陛下はレジナルド皇子と同じ金髪だが、目の色はリオン殿下と同じ晴れ渡った夜空色の瞳をしている。ルシアーナさまがリオン殿下を見ると陛下を思い出すというのは、あながち嘘ではないと思われるほど、二人はよく似ていた。
「それで、龍の寵児の話について聞きたいということだったかな?」
ソファに腰を下ろすと、陛下はすぐに本題に入った。
「はい。ルシアーナさまがご覧になられた未来視について、どうやったら回避できるのかと思っておりまして」
「難しい問題だな」
陛下の顔は険しい。
「未来視そのものが本当に未来視なのかも定かではない」
たいていは、病で熱が出た時などにみるため、ただの『悪夢』との区別がつかない側面があるのだそうだ。
言われてみれば、あれはただの夢だと言われたら、そうなのかなと思ってしまうだろう。
「その区別はどこでつけるものなのでしょうか?」
「未来視をした前後なら、龍の力が増幅しているかどうかだな。そうでないなら、区別は難しいと言わざるを得ない」
つまりルシアーナさまのみたものが『未来視』なのか、それとも『悪夢』なのか確かめるすべはもうないということだ。
「一つ確かなのは、同じような状況を作ってみて、何も起きなければ『悪夢』だし、体が龍の干渉を感じたなら、『未来視』ということだろうな」
「龍の干渉ですか?」
それはいったいどういう意味だろう。
「ルシアーナ妃の話であれば、自分の前に刃物があり、目の前にリオンの姿を認めた時、その刃物を手にしたい衝動がおきるかどうということだ」
「衝動が起きないのであれば、ただの悪夢ですか?」
「まあ、そうだ」
陛下は頷く。
「では……その衝動を抑えきることができれば、回避は可能というわけですか?」
兄がさらに質問をする。
それで話が終わるのであれば、話は簡単な気がするけれど。
なるほど。つまりルシアーナさまの未来視は、その一度を耐えぬければ、回避可能ということだ。
「自分が能動的に動かない場合はどうすればいいのでしょうか?」
私の未来視で、意思をもって動いていたのは私ではない。殿下だ。
この場合、龍の干渉を受けるのは、私だろうか? それとも殿下なのだろうか?
「それはいったいどういう意味だね?」
陛下に問われて、私は自分のみたものについて説明をすると、陛下の顔がだんだん険しくなっていった。
「それが本当なら君は龍の寵児、いや、龍の『巫女』なのかもしれない」
陛下は呟くと侍従にむかって「ザナン伯爵を呼べ。今すぐに」と叫んだ。




