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私を殺すラスボスは兄の親友  作者: 秋月 忍
中等部編

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帳簿

「アルキオーネ?」

 図らずもリオン殿下の魔性の微笑みに魅了されて言葉を失っていた私は、兄の声で我に返った。

「失礼いたしました。妹のアルキオーネでございます」

 私は慌てて淑女の礼を返す。

 ちょっと足がふらついたのは、いろんなことに動揺しまくっていて、内心パニックになっていたせいだ。

「おい、緊張しすぎだろう?」

 兄が慌てて私を支える。

 フォローはありがたいのだけれど。

 動揺するなというのは無理。だって、目の前にいるのは、将来自分を殺す人間なのだ。許されるなら、大声で叫んで逃げるか、この場で気絶したいくらいである。

 とはいえ。そんなことをすれば目立つ。皇子の誕生会で醜態をさらしたとなれば、アルマク家の恥だ。今日の主役のレジナルド殿下ほどではないにせよ、リオン殿下も視線を集めている。

 この先はともかくとして、現段階でリオン殿下の評判は悪くない。それにリオン殿下はまだマイアと出会っていないのだから、私を殺す理由は皆無だ。

 落ち着け。落ち着くんだ私。

 下手なことをすれば、逆に死亡フラグが勝手に立ってしまうかもしれない。

「お、皇子殿下にはご機嫌麗しく──」

「皇族だからって畏まらなくていいから。楽にしていいよ」

 震える声で挨拶を続けようとした私を、リオン殿下は優しく制する。

「ダビーと私は一年の頃からクラスメイトなんだ。親友だと思っている。だから君の話もよく聞いているんだ」

「……恐れ入ります」

 クラスメイト。

 そういえば、そんなことを前に兄から聞いた気がしなくもない。

 『学院の赤い月』の物語は国立魔術学院の高等部、兄やリオン殿下が十七歳になってから、つまりは今から三年後の話だ。現在、私たちはまだ中等部に通っている。ちなみに中等部は、東西南北に別れていて、どこに通ってもいい。分かれている意味は、単純に立地、敷地面積、収容人数の問題などがある。小等部はもっと数が多いらしい。貴族はともかく平民の子だと、小等部や中等部までしか通わない子の方が多い。逆に貴族の子供は、私たちもそうだが、小等部に通わず、中等部から入学する者がほとんどだ。

 帝国内では庶民も初期教育は受けられるように制度化されている。いわゆる義務教育と称せるレベルには至っていないのだけれど、それでも国民の七割が小等部に通うようになって識字率はぐんと上がったらしい。

 私と兄、そしてリオン殿下は東中等部。ちなみにレジナルド殿下は確か、西中等部だったはず。

 皇族が別の中学に通うのは、安全対策の一つだと聞いたことがある。

「ダビーから聞いてはいたけれど、お菓子が随分と好きなんだね」

「え? は、はい?」

 見目麗しい皇子殿下に食いしん坊だと思われていると知って、私はさらに動揺した。兄は私の何を殿下に吹き込んでいるのだろう?

「ごめん。嫌味とかではないよ。君は中等部の入学試験は主席だったし、この前の定期テストも学年トップだったよね。 兄上の婚約者候補ナンバーワンじゃないかって噂だったから、もっと積極的に行くのかなあ、なんて思っていたから意外で」

「だから言ったじゃないですか、妹は『色気より食い気』だから、絶対あの輪の中にはいないって」

 得意げな兄に腹が立って、私は兄の足を踏んでやった。自分の妹を何だと思っているのだ。

「痛っ! 何しやがる?」

「勝手にどこかに消えてしまった人が何を言っているのです?」

 仮にも兄として妹のエスコートを任されたのだから、せめて席を外す旨を伝えるくらいはすべきである。いくら私が放置されても平気なタイプだったとはいえ、途方にくれてしまう令嬢だっているのだから。

 あれ? それにしても、今、私がレジナルド皇子の婚約者候補ナンバーワンとかなんとか聞こえた気がするけれど、リオン殿下のリップサービスだろうか。そんな話は聞いたことがない。

 原作ではレジナルド皇子の『婚約者候補』で名前が出てくる令嬢は私だけだけれども、現実には私より身分の高い令嬢も何人かいる。先程レジナルド殿下を囲んでいた輪の中にもいた。

「君たちは仲がいいな」

 兄と私を見て、ハハハと、楽し気に殿下は笑う。想像していた人物よりもずっと朗らかな感じだ。

 こんな人が本当に愛に飢えたサイコパスな殺人者になるのだろうか。少し信じられない気がする。

「不安な思いをさせて申し訳なかった。実はダビーにアルマク嬢に会ってみたいと私が前から頼んでいたんだ」

「へ?」

 思わず間抜けな声が出た。

 なぜ、殿下が私に会いたいと思うのか見当がつかない。

「君、帳簿が読めるよね?」

「ええと、はい」

 前世、会計事務所に勤めていた私は、この国では『最新』の複式簿記を理解できる。たまたま、父の執務室で見つけた帳簿の間違いを指摘したことをきっかけに、今ではアルマク侯爵家の帳簿管理を私がしているくらいだ。

「ちょっと、君に相談したいことがあってね。下手に大人に相談すると、ややこしいことになりそうだし、学院で呼び出すと目立つからね」

「……わかりました」

 私たちは、誕生日会の会場となっている庭の奥にある東屋へと移動した。

 会場の外ではないので、見とがめられることもないし、こんな奥までやってくるような人間はそんなにはいない。あまり人に聞かれたくない話なのだろう。

 普通の皇族主催の催しなら、リオン殿下の周りにも人だかりができておかしくないのだけれど、今日はレジナルド皇子が主役だ。アルマク兄妹がリオン殿下を独占していてもそれほど文句は言われない。

 東屋に座ると、殿下は懐から書類の束を出した。兄はそれを人から見られないように気を配っているようだ。

「実はこれを君に見てほしくて」

 どうやら帳簿の写しのようだ。

「これは?」

「財務局にある椿宮の財務諸表だ」

 椿宮というのは、リオン殿下とリオン殿下の母である側妃ルシアーナ妃の住んでいる宮だ。

「こちらが、昨年度のもの、もう一つが五年前のものだ」

 受け取りながら、私は書面に視線を落とす。

「これが……何か?」

「ものすごく予算が削られたというような印象はあるかどうか知りたい」

「ええと」

 どういうことだろう。

「帝国議会の議事録なども見たのだが、特に宮の予算が変わったという記述はなかった」

「それならばなぜ?」

「ここのところ、経費が削減されているように思えたから」

 ここ一年で、椿宮の人員がかなり減ったらしい。そのほか、食費や設備費なども削減を感じているとか。ルシアーナ妃も殿下もそのことで特に不満があるわけではない。ただ、疑問なのだ、とリオン殿下は首を傾げる。

「少なくとも減った人員は普通、補充されるものだ。しかし補充されているような様子はなくて。いろいろ仕事が回っていない感じもしてね……」

 募集していてもなかなか決まらないこともあるにはある。帝宮で働くともなれば、厳しい審査をクリアしなければならないから、誰でもいいというものでもないし教育も時間がかかるだろう。ただ、希望者がいないということはないはずだ。なんといっても高給取りだし、安定した職場である。酷い噂があるというわけでもない。

「拝見いたします」

 私は二つの書類を見比べた。もちろん物価をはじめ金額の変動は当然あるから、予算がほぼ同じだとしても、まるで同じというわけではない。税収だって毎年多少の変化はあるのだから。

 ただ、はっきりとはわからないけれど、経費の割合などの大きな変化は帳面上はなさそうに見える。

「特に金銭的に大きく経費が減ったようには見えません。国家予算そのものの割合なども鑑みませんとはっきりはわかりませんけれど。私が我が家の帳簿管理をしていた感触から見て、ここ十年間で帝都の物価はそこまでの変動はなかったと思いますから、おっしゃる人件費も大きな削減をしたようには見えませんが?」

「そうか。君から見てもそう見えるんだね」

 殿下は納得したようだった。

「母は最近病気がちだから、医療費がかさんでいるのではないかと思っているようだ。私もそんなこともあるのかなと思っていたのだが、ダビーが『病気で寝込んでいるなら、茶会の回数や外出回数は減るから、経費の勘定科目は変わるはず』って言いだして。言われてみれば、母の衣装代は随分と抑えられているはずなんだ」

「……それはそうですね」

「俺は勘定科目ってやつが覚えられなくて、アルキオーネによく指摘されているからさ」

 頷く私の横で、兄は苦笑する。 

「つまり、変化があまり感じられないこの帳簿に違和感があるということですね?」

「……ああ」

 殿下は肯定する。

「しかも単純な間違いではなく、誰かが意図的に『着服』などの不正を行っていて、それがかなり重要人物な可能性をお考えになっていると」

 大人ではなく子供の私に相談したのは、まだ、その人物が誰なのか見当がついていないということなのだろう。

「ただ、証拠が何もない。君なら次は何を調べるか教えて欲しい」

「……難しいところですね」

 私は大きく息を吐いた。

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