ラスボスは兄の親友
ホールではダンスが続いている。
ちなみに、通常の舞踏会だとファーストダンスの後はパートナー以外の相手と踊ることが多いのだけれど、卒業パーティはあまりそういうことを気にしなくていいらしい。少なくともリオンさまは他の令嬢と踊るつもりも、私を他の人と踊らせるつもりもないようだ。
卒業後の人脈とか考えるとどうかなあとは思うのだけれど、レジナルド殿下もそんな感じなので、皇族というものはそれでいいのかも。ちなみに兄はエミリアさまと一緒にあちらこちらで談笑している。気が付くと保護者とか来賓者席にいた。相変わらず謎に付き合いが広い。エミリアさまが疲れてないといいけれど。
「リオンさま」
来賓として訪れていた魔塔の教え長であるザナン伯爵が、私たちをみつけて声をかけてきた。
「例の結界のメンテナンスについて書かれたそれらしきものを見つけましたぞ。ただ、赤い月の字がくせ字ということもあって、一冊の解読に時間がかかりそうですが──」
そういえば、最初に赤い月の書いたものを読んだリオンさまもそんなことを言っていたような気がする。
「ふふふ。赤い月も、まさか未来で字が読みにくいと言われるとは思わなかったでしょうね」
「そうだな。彼が筆まめであったことは、本来感謝すべきことなのにな」
リオンさまは苦笑する。
呪われた王子、ンシャナ・ダル・デリーバの遺した遺産は遺跡のみならず、彼の遺した日記や研究日誌など膨大な手記も含まれている。遺跡が見つかってからもう何年もたつけれど、未だ使用目的の分からない施設もあって。ナスランが意図的に消したモノ以外にも失われたものもありそうだ。
「なんにしても、お二人が仲睦まじくおられること、それはきっと赤い月の望んだ未来でもあったと思われます。そうでなければ、わざわざ未来にメッセージなど残しはしないでしょうから」
ザナン伯爵は私たちを見て目を細める。
「結界とは関係なく、彼の夢だけをつづったと思われる雑文ノートもみつけまして」
「まあ」
未来視って、見ようと思って見れないと思っていたけれど。そういえば、龍は私に『過去』を見せてくれた。自分で龍を作ってしまうような人だ。私よりも、もっとたくさんのものを見ていたのかもしれない。
「リオン殿下のことと思われる夢についても分析しておりました。黒龍の介入が疑われると」
「……黒龍?」
リオンさまは首を傾げる。
「はい。それ以上のことはわかりませんけれど」
ザナン伯爵は顎を撫でた。
「龍の寝床で会ったのは黒龍だった。それにアルキオーネが黒龍の巫女であることとかかわりがあるのかもしれないな」
リオンさまは私の方を見る。
「介入、ですか……」
心当たりはある。黒龍は、私の前世の兄だったらしい。あまりにも理不尽だった私の人生を憂いて、この世界に呼び寄せたというようなことを言っていた。魂を呼び寄せたのか、それとも単純に前世の記憶を取り戻させることによって、定められた運命を回避させようとしたのか。そのあたりはよくわからないけれど。
「私の兄がターニングポイントなのですね……」
「ダビーが?」
リオンさまが目を丸くする。
私は前世の『兄』のことを言ったつもりだったのだけれど。
でも。そうか。龍の介入によって、きっと、兄であるダビー・アルマクの人生も少なからず変わったのだ。
淑女らしからぬ私のせいで兄の人生観もきっと全く違うものになったはず。そう。前世の記憶がなかったら、私と兄とフィリップ兄さまが、たんぽぽの根を掘り、たんぽぽ茶を飲むこともなかったのだから。
「お兄さまが、リオンさまの側近であるということはたぶん変わらないことだったのでしょうけれど。リオンさまがお兄さまのことを『親友』だと思ってくださったから、違う未来が訪れたのだと思います」
本来ラスボスであったリオンさまが、ただの臣下でしかなかった兄と友情を結んだことにより、兄はリオンさまを助けるために私を巻き込んだ。
そう考えると不思議だなと思う。
「ああ、そういえば、研究室の卵を少女がある男性とともに孵化させるという夢もありましたぞ。これは定かではないけれど、どうも外見的にはあの二人ですな」
ザナン伯爵が指さす方角にいたのは、ダンスを始めたフィリップ兄さまとフィーナ殿下。
「まあ。本当ですか?」
研究室にあった卵のようなものは、未だに何かはっきりわかっていないのだけれど。
「その夢、実現できるように塔でバックアップすべきなのか、長はどう思う?」
「さあて。それ以上のビジョンが何も書かれておりませんからな。実現させるべきか、回避させるべきかは、難しいですなあ」
「……だな」
龍の未来視は必ずしも絶対ではない。未来は常に流転するものだ。リオンさまが私を殺そうとした世界線はなくなったように。
それに未来が見えたとしても、何が正解なのかはきっと龍にだってわからない。
「赤い月の遺産は我らの手に余るほどのもの。つくづく、リオンさまの傍に、アルマク嬢がいてよかったと思いますよ」
「そうだな。もしそれが黒龍の介入だとしたら、我らは黒龍に感謝しなければな」
リオンさまは言いながら、私の頬に軽くキスをする。
「ええ。そうですね」
理不尽だった前世の私の最後。たった一人の兄は、龍に生まれ変わっても私のことを憂いて案じてくれた。
私は頷きながら、今は顔も思い出せない前世の兄、それから、淑女に似合わぬ奇行を温かく見守ってくれた兄を思う。
今世で、リオンさまに殺される未来をかえてくれたのは、二人のおかげだ。
「ありがとう、お兄ちゃん、そしてお兄さま」
ホールに流れる楽団のメロディを聞きながら。私はそっと呟いた。
<了>
長らくお読みいただきましてありがとうございました。
つい欲張りまして、設定したことを全部書こうとしたせいで、終わりどころが迷子になってしまいましたが(汗)ひとまず一区切りということで、ここで完結とさせていただきます。
ほんの少しでも楽しんでいただけましたら、嬉しいです。
ありがとうございました。
2026/1/16
秋月忍




