卒業パーティ 4
「あら。噂をすれば、ランデバー先輩ですわ」
「フィーナ殿下とご一緒ではないのですね」
殿下が参加ということは、てっきり兄さまがエスコートするという流れになると思っていたのだけれど。
「親父さんは気が気ではないけれど、フィリップはああ見えて頑固だから」
ぼそりと兄が呟く。
そう。ランデバー侯爵は陛下の忠実な忠臣、いや、盲目的なといったほうがいいかもしれない。悪い人ではないし、それなりにやり手なのだけれど、侯爵の爵位を賜った時に陛下に対して恩義があるのだそうだ。だから侯爵さまとしては、婚約はしないまでもフィーナ殿下のお気持ちがおちつくまでは兄さまにお相手をしてほしいと考えているらしい。
けれど、兄さま本人は気持ちがないのにあるようなふりをする行為は失礼だと考えてお断りしているとか。何事にも柔軟なイメージがある兄さまだけれど、たとえ不敬だと思われても譲れないところは譲らないみたい。
「もっとも、その頑固さを皇后陛下は非常に誠実だと評価なさっていてね」
リオンさまは苦笑する。
その気もないのに気を持たせるような態度をとるより、ある意味では、フィーナ殿下に対して『誠実』であるともいえる。侯爵としては不敬と取られないかと心配だろうけれど。
「正直言えば、だからフィーナもより夢中になっているというか……」
前の候補だったマルドーネ公子は、どちらかといえば婚約には前向きであったにもかかわらず、他の女性に夢中という不誠実を絵にかいたような状態だったから、余計にフィリップ兄さまの株があがっているのだろう。
「フィリップ!」
兄が手を振ると、フィリップ兄さまがこちらに気づいて歩いてきた。胸元にフリージアの花をさしている。白のフロックコートがとても素敵だ。パートナーがいないこともあって、周囲の令嬢たちの視線を集めている。
ただ、フィリップ兄さまのことをフィーナ殿下が気に入っているという情報は既に社交界で出回っているため、あえて突撃しようとする令嬢はなかなか現れそうにないけれど。
「やあ、ダビー、リオンさま」
フィリップ兄さまは、笑みを浮かべながら挨拶をする。よく見ると兄さまは胸元のフリージアとは別に、手に別の花を持っていた。
「リオンさま、アルに花を贈ってもよろしいですか?」
「……ああ」
フィリップ兄さまはリオンさまが頷いたのを確認してから、手にした花を私へと差し出した。
「たんぽぽ?」
受け取った花は、こうした場にはかなり不似合いな素朴なたんぽぽの花だった。とても可愛らしいお花で、大好きだけれど。
「菜花とどちらにしようかとさんざん悩んだのだけどね」
兄さまは少し切なげに笑む。
「根っこじゃなくて、ごめんなのだけれど」
言われて、兄さまの考えていることが分かって、顔が熱くなった。
その昔。たんぽぽが咲いているのをみて、私がいきなり土を掘り返したことのことを言っているのだとわかったから。
「なんのこと?」
私の後ろで聞いていたエミリアさまの怪訝そうな声がした。
「たんぽぽの根っこを乾かしてお茶にするのさ。小さい頃、三人でよく堀りに行った」
兄が懐かしそうに解説をする。
前世の記憶を取り戻した私は、貴族の子女としては奇行としか思えない行為をよくしていた。
「正直、とっても苦くて、なぜこんなものを飲みたがったのかよくわからなかった。なぜ侯爵家の令嬢であるアルが野花を自分で掘ろうとするのかも謎だったし」
「ええと。すみません」
フィリップ兄さまには、かなり衝撃的だったかもしれない。当時の私は、今よりも世間体とかそういうものに全く無頓着だったから。
「だからね。アルがアルであるために、おれが一生アルを守っていかないといけないと思っていたんだ」
「兄さま……?」
フィリップ兄さまは微かに首を振る。肉親ではないけれど、兄さまは私の将来を心配してくれたのだろう。
「でも、リオンさまなら、アルはずっとアルでいられる。リオンさまなら、アルが望むなら一緒になって、たんぽぽを掘るだろうから」
「……はい」
リオンさまは私がしたいと思うことを否定はしないだろう。
改めてたんぽぽの花を見つめる。黄色で可愛らしい花だ。
花言葉は確か、『幸せ』『真心の愛』そして、『別離』。
「フィリップ兄さま……ありがとうございます」
思えばずっと兄さまは恋と呼ぶには優しすぎる、肉親のような愛を私にくれていた。
「リオンさま、アルを幸せにしてあげてください。アルは、おれにとっても大切な妹のような存在ですから」
「ああ」
リオンさまは力強く頷いた。




