赤い月 6
たぶん幻影の魔術だろう。
くっきり浮かび上がった人物は、三十代くらいの男性だった。燃えるような赤い髪に晴れ渡った夜空色の瞳。色合いのせいか、どことなくリオンさまと似ている。
耳には三日月をかたどったと思われるイヤリング。服装はどことなくリトラス王国の民族衣装を思わせる。
『やあ』
その人物はにこやかに笑いかけてきた。まるでこちらが見えているかのように、その男性は口を開く。
『これを見ているのが、どれくらい未来なのかわからない。計算上、次の『蝕』までは張られているはずだから、たぶんそれより未来なのだろう。ここへくる移動の陣だけは、念入りにカモフラージュしているから、ナスランにも発見できなかったはずだから』
ふうっと大きく息を吐く。
『私の名は、赤い月。もともとの名は捨てた。今更あの腐った国の連中に担がれても面倒だし。まあ、明日にはその赤い月の名も捨てるがね』
言葉はこの国のものだが、若干、なまりのようなものがある。
『龍が見せてくれた未来は二つあった。私と似た青年が一人でくるもの、そうではなく、青年が黒い髪の女性と連れ立ってくるもの』
私とリオンさまは顔を見合わせる。
赤い月が龍の巫覡であったのは間違いない。今より簡単に龍を呼び寄せたり、人工龍なんてものも作っていたくらいなのだから、未来視も私よりもっと鮮明にいろいろなことが見えていても不思議はない気はする。
『もし、ここに来たのが一人であるならば。その台座から石を取り外しなさい。どう使うかは好きにするがいい』
リオンさまが一人でここに来るということは、リオンさま自身が龍の寵児であったか、もしくは龍石を手に入れた世界線ということなのだろう。ひょっとしたら、『学院の赤い月』とか、ダリン司祭たちが信じていた『予言の書』の世界なのかも。
『黒い髪の少女が一緒であるなら、少女よ。その石に触れるがよい』
それだけ言うと、赤い月の姿は消えた。
「どうしましょう?」
私はリオンさまに伺いを立てる。
「問題ないと思う。やってみて」
「……わかりました」
そっと触れてみると魔力線が走った。ただ、力が足りないのか、明滅を繰り返している。
うまくいったのかよくわからずに困惑していると。
『心配しなくても、蝕の日になればきちんと発動する』
再び、赤い月がそれを見越したように現れた。
私が困惑するところまで見越して、幻影を残すとは親切なのか、不親切なのかよくわからない。
『いろいろ質問したいこともあるだろうが、答えることはできない。何しろ君たちが何を言っているか、私にはわからないからな』
にやりと赤い月は口の端を上げる。
まあ、それはそうだ。彼は一方的に未来に向けて発信しているのだから。
『この結界をこれからも維持していくように。メンテナンスの方法はどこかに書いてあるから、気長に探してくれ』
教えてくれるわけじゃないらしい。親切なのか、不親切なのか微妙だ。
『私に似た青年よ。その女性を大切にするといい。もう一人の君は、絶望に満ちたまま蝕の赤い光に飲み込まれすべてを破壊する。当初は私のことかと思ったが、今、これを見ている方の君を見て違うとわかった』
赤い月は目を閉じる。
『絶望の末に蝕の力を受け入れるのが運命かと思ったが、ここへきてその女性とともにある君を見て、どうやらそれは私ではないということがわかった。だから私も生きていくことにするよ』
赤い月は上を見上げるような仕草をした。
『ここへ来たのが君の方でよかった。私としても手塩にかけて作り上げたこの結界石が私以外の手で破壊に使われるのはしのびない』
赤い月は私たちに向かって、ほっとしたような笑みを浮かべる。見えているはずはないのだけれど。
『蝕が始まった。私はもういくとするよ』
赤い月の姿はなくなり、後には私たちだけが残った。
「……リオンさまによく似ていましたね」
もちろん年齢も声も別人なのだけれど。
「実は先祖なのかもしれないなあ」
リオンさまは苦笑する。
伝え聞いている皇族の始祖とは違うけれど、他人の空似にしてはすごく似ている。兄弟であるレジナルド殿下よりも似ていたくらいだ。
「しかし、アルマク嬢と出会わなければ殿下は蝕に飲み込まれすべてを破壊するとは、恐ろしい話ですな」
ザナン伯爵は眉間に皺を寄せる。
「たぶん例の『予言書』通りの世界ならってことなのだろう。ということは、アルキオーネは、世界を救った救世主ってことになる」
「……やめてください」
さすがに私は首を振る。
世界を変える選択をしたのはリオンさまだ。ラスボスになる未来を選ばなかったのはリオンさま自身だ。私は、自分が死にたくなかっただけ。
「なんにしても、愛が殿下と世界を救ったということですかな」
半ば強引にザナン伯爵はそうまとめると、リオンさまは「そうだね」と微笑みながら私の手にキスを落とした。




