赤い月 3
倉庫にしまわれていた魔道具は、塔の人間が検品をする。
普段は宮廷魔術師が派遣されることが多いらしいけれど、今年は、ザナン伯爵が指揮を執ることになった。なにしろ、皇族が総出で参加することが予定されている。並大抵の警備では安心できるものではない。
それこそ参加人数は過去最大になると思われる。やること自体は例年と変わらないのだけれど。
ちなみに、検品作業にリオンさまとフィリップ兄さま、それから私も参加することになっている。リオンさまもフィリップ兄さまも卒業後は塔に入ることが決定しているし、私も最近はほぼ塔の人間とカウントされているからだ。
ザナン伯爵、とてもいい人だけれど、人使いは荒いかもと少し思う。人材が少ないというのもあるから、仕方ない側面はあるのだけれど。
「アルマク嬢、ここのところ駆り出してばかりで申し訳ないですが、こちらの魔道灯に故障がないか調べていただけますか?」
「わかりました」
魔道灯を使えるかどうか確かめるには、魔力を注ぐのが手っ取り早い。私は魔力量が他の人より多いので、他の人より多くこなせる。難しいことをするわけではないが、伯爵にいいように使われている気もしなくもない。
まあ、いいのだけれど。
「アルキオーネ、無理はしなくていいから」
リオンさまが心配そうに口をはさむ。
そう。最近、リオンさまが私を呼び捨てにするようになったのだ。婚約者だからおかしい話ではない。
以前、フィリップ兄さまのように『アル』という愛称呼びでも構わないと言ったことがあったのだけれど、リオンさまはその呼び方はなさらず、頑なに『アルキオーネ嬢』呼びだった。よく考えたら、うちの兄は愛称呼びが嫌いだ。『ダビー』という名前そのものが愛称っぽいこともあって省略されることがない。だから相手を名前呼びするときもフルネームという主義である。リオンさまもそういうタイプなのかもしれない。
「平気です。難しいことをするわけでもありませんし」
魔道灯チェックは単純作業なので、疲れるほどのことはない。それでも膨大な数があるので、途中で飽きるだろうなあ、くらいは思うけれど。
「未来の皇子妃に雑用をさせてしまい申し訳ないですが、なにしろ塔は今、人手が足りませんのでなあ」
伯爵は頭を下げる。
「えっと。この前からお調べになっている件でしょうか?」
「うん。もうじき『月蝕』の時期が近付いているんだ」
リオンさまが肩をすくめた。
「月蝕ですか」
前世の月食は、単純に月が欠けるという天体ショーでしかなかった。
それなりの頻度で起こるものだから、そこまで珍しいものでもなく、雨が降ったりしても「まあ、次の機会に」と思える程度のものでもある。
とはいえ、天文学が発達するまでは洋の東西を問わず、不吉なものと認識されていたようだ。特に皆既月食の赤銅色の月は忌まれており、日本では月が欠けている間、ずっとお経を唱えたり、月光を浴びるのをさけたりという話も江戸時代ごろまであったりしたらしい。
ただ、日食ほど恐れを抱くものではなかった。実際には何も起こらないのだし、月食の観測は基本的に夜。気づかれずに終わることも多かっただろう。
だが、この世界の月蝕は、真に『災厄』を呼ぶ。そして滅多におきない。記録では百年に一度あるかないかだ。
異界の門が開くといわれており、通常より魔力が世界に満ちる。ゆえに天変地異とまではならないまでも、エーテルが乱れ、魔物の活動が活発化してしまう。もちろん、月蝕の間だけのことではあるが、魔物に追われた森の獣がスタンピードをおこし、一夜にして小さな村が壊滅したりすることなども過去の記録にはある。
「今回の蝕は、かなり長いと予想されているからねえ」
伯爵はふうっとため息をつく。
「ああ、それで魔術王国時代はどうしていたかを調べることになったのですね」
「うん。帝国全土とまではいかないけれど、帝都を覆うくらいの結界を『赤い月』は用意して備えたと日記にあったからね」
「結界を再利用するということですか?」
「使うかどうかはまだ未定なのだがね。この前、それらしき施設を発見したから試してみたらどうか、なんて話があって」
伯爵は苦笑する。
「実際問題、赤い月の遺したものは、我々が知らぬ技術が多く使われているから、学ぶところが多い。だからといって研究の進んでいない魔術王国時代のものを使用するのは、私自身としては危険だとは思っている。とはいえ、月蝕の被害をできるだけ小さくおさえられるなら使用すべきという者も多くてね」
リオンさまは肩をすくめて見せた。
「アルキオーネがいなければ、遺跡のほとんどは動かないのに」
「それは別にいいのですけれど」
リオンさまは塔にまだ所属していない私を魔術師たちがあてにしていることに不満があるらしい。危険が伴う可能性があると考えているのだろう。
「それで月蝕はいつなのです?」
「計算の結果、卒業パーティの三日前みたいだ」
「それって、なかなかタイトな日程では?」
試してみると言ってもそれほど時間が残っていない。それに、月蝕の後始末が終わるか終わってないかのタイミングで、過去最大の卒業パーティを開くなんて、警備の人たちがしんどいだろう。
「うん。一応、陛下と学院長には卒業パーティを延期できないかと交渉中なのだけれど、できるだけ『月蝕』の話を公にしたくないという事情もあってね」
リオンさまは大きくため息をついた。




