赤い月 2
卒業パーティは、日本でいうところの卒業式にあたるもの。
父兄ではなく、パートナーと参加となるところがまず違っている。
学院は貴族の子息子女が非常に多いため、卒業段階で婚約者がいることは珍しくないせいもあるからだろう。
もちろん、親族をパートナーに選ぶこともできるし、パートナーなしで参加も可能だ。
ちなみに、婚約者がいる人間は必ず花を模したアクセサリーをつけることになっている。これは相手を伴っていなくてもつけなくてはいけない。パートナーがいない人間は生花をどこかに飾る。
例年、政府の要人も参加するパーティであるから、出会いの場を求めて参加する生徒も多いため、分かりやすく、という配慮だ。
今年はレジナルド殿下、リオン殿下が卒業ということで、陛下も参加されることが発表されているため、参加者がかなり多いと予想されている。平民の学生やその保護者にとっては、陛下のご尊顔を拝謁する一生に一度あるかないかの機会。特に商人などは、何としても顔をつなぎたいと思っている者も多いだろう。
当然警備も例年以上に厳重になると思われる。
当日の会場の魔術封印とか、設置される魔道具の検品とか魔術師たちの仕事は膨大だ。もちろん、騎士団も警備にあたる予定で、十日後のパーティの準備の為に学院内は騒然としている。
「こんなにたいへんなら、もういっそ宮廷のホールを借りてしまった方がいいのかもしれませんねえ」
「まあ、そうだねえ」
ぼやく私に、リオンさまが頷く。
今日は生徒会のメンバー全員でホールで使用する結界や照明用の魔道具などを倉庫から出す作業をしているのだ。
兄や殿下、リオンさまたちにとっては生徒会としては最後の活動になる。
来年からはエミリアさまが生徒会長。私も副生徒会長だ。
一応、マルドーネ公子も生徒会の会計担当。彼にとっては念願の生徒会ではあるけれど、トップに立つことは許されなかった。まあ、リオンさまと決闘して負けて以来、謹慎やらなんやらで、随分と鼻っ柱は折られておとなしくはなったけれど、時折まだ尊大な態度が見受けられることがあるらしい。今はまだ殿下たちがいるからいいけれど、来年のことを考えると少々頭が痛い。
ただ、広報に入った私たちより一つ年下のスチュワート・ジーマン伯爵令息は、口でマルドーネ公子を圧倒する人物なので、マルドーネ公子の『抑止力』として十分頑張ってくれるはずだ。
「でも学院最後の行事だからね」
「それはそうですけれど」
卒業生の立場からしてみれば、三年間の思い出に浸りたい部分もあるのかもなあとは思う。
ただ、前世の記憶がある私から見ると、卒業証書の授与とかもないから、しんみりという感じが足りない。思い出に浸るなら、パートナーとともに参加するより、クラスメイトと一緒に過ごすとか、恩師とお話しするみたいな会のほうがいい気がするのだけれど。
「そういえば今年も婚約破棄伝説が囁かれているって聞きました」
フィリップ兄さまが魔道灯を棚からおろしながら苦笑する。
「当然、両殿下も狙われると思いますよ。ご用心なさってくださいね」
「狙われる?」
思わず私は聞き返す。
「あれ? アルは知らないの? 毎年、婚約者のいる相手に自分の持ってきた花を強引に渡して告白する人間が結構多いんだ」
「花って、飾りの生花ですか?」
「うん。まあ、本気で婚約者を奪おうという輩はそうはいないとは思うのだけれど」
フィリップ兄さまは肩をすくめる。
「正式な社交界の舞踏会でそれをやったら後ろ指をさされるだろうけれど、学院最後の思い出としてなら許されるだろうみたいな空気感があるから」
「要するに思い出作り的な?」
「そうだね」
なるほど。婚約者のいる相手に告白して学生生活の思い出に区切りを作るという考え方なのかな。
「酷いやつになると、束で持ってきた花を一本ずつ別の人間に渡したりするのもいるからなあ」
兄が呆れ声で呟く。
「それって数撃てば当たるみたいな考え方なのかしら?」
エミリアさまは理解できないというように首を傾げた。
「去年それをやった人間に話を聞いたら、一人だけに渡したらかえって迷惑になるからと言っていたよ」
「……それなら、最初から渡さなければいいのに」
もちろん何人もに渡せば、本気度の印象が薄まるのは事実だ。
ただ、相手の迷惑を考えるのであれば、告白しなければいい。婚約者がいない参加者だっているのだから。
「それはそうだけれど、渡したいって気持ちは止められなかったってことなのだろうな。なんとなく気持ちはわかるよ」
フィリップ兄さまは意味ありげに私をちらりと見て。
それから、ちょっとだけせつなげに微笑んだ。




