謁見
陛下はぐるりと周囲を見回す。
そしてフィリップ兄さまに目を向けた。一応は、リオンさまから話が通っているはずなのだけれど。
フィリップ兄さまは本来ここに並ぶ理由がない。
リオンさまの幹部候補生だから将来的には、政治の重要なポストに食い込む可能性は非常に高いけれど、今はまだ侯爵家の令息という立場でしかない。居心地、悪いだろうなと、同情してしまう。
「宰相、メルダナ家からアルマク家と縁を結びたいという話は君から求婚状を出したと聞いているが?」
玉座についた陛下は、メルダナ公爵に問いかけた。
「左様でございます。陛下。ダビー君は娘の命の恩人。しかも、娘は彼を慕っております」
メルダナ公爵は静かに口を開く。
慕っていると公爵の言葉で、エミリアさまと兄の顔がやや朱色に染まる。演技じゃない。本当に初々しいほどに思いあっているのがよくわかる。兄もエミリアさまへの想いをはっきりと自覚したみたい。
「しかしなあ、ダビー君は見所があると儂も思っておってな」
意地悪く、陛下はにやりと口の端を上げた。
二人の様子は見えていると思うのに、これはさすがに酷い。
「マルドーネ公爵の息子があのような状態だと、さすがにフィーナの相手には不足だろう?」
「父上。相思相愛の二人を引き裂く暴君になりたくないのであれば、この茶番はやめた方がいいのではないでしょうか。メルダナ公爵家とアルマク侯爵家の皇室への忠誠と信頼をなくしたらそれこそ損失です」
ため息交じりに口を開いたのはレジナルド殿下だ。
酷いと思ったのは私だけではないようだ。よく見ると、リオンさまもフィーナ殿下さえも呆れたような眼で陛下を見つめている。
「ダビーが優秀なのは事実ですが、アルキオーネ嬢とリオンが結婚することになっているのですから、すでに親族。これ以上アルマク家を囲い込む必要はないことくらいわかっておいででしょう?」
「おい、レジナルド」
陛下は不服そうだ。
「兄上のおっしゃる通りです。冷静に考えて陛下のなさっていることはただの嫌がらせ。フィーナはどう思う?」
リオンさまも同意して、フィーナ殿下に声をかけた。
「わたし、アルマク令息と結婚したいなんて言ってないです」
フィーナ殿下ははっきりと口を開く。十歳とは思えないほどしっかりなさっている。そして父である陛下をとがめるような口調だ。
「いや、でもフィーナ、お前、アルキオーネ嬢の兄が気に入ったと言っておったではないか」
陛下はいつになくおろおろとなさっている。
リオンさまやレジナルド殿下には冷たいくらい厳しい印象なのに、娘であるフィーナ殿下には弱いのだろうか。ちょっと意外だ。
「違います。アルキオーネお姉さまのお兄さまみたいなかたが素敵だと言っただけです」
「だから、それは──」
陛下はわからない、という顔をする。少しややこしい。曖昧な言葉のせいで対象が誰だかわからなくなっている。兄本人を素敵だといったわけではなく、私が兄同様に思っている人といういみなのだろう。
「つまり……フィリップ兄さまが素敵だとおっしゃったのですか?」
私が思わず口をはさむ。はさんでから、不敬だったと気づいたけれど、フィーナ殿下は嬉しそうに頷いた。
「うん。そう。でも、結婚したいとかではないの。だって、私子供だもの。レジナルド兄さまが皇太子になるのなら、子供の私と結婚したくないと思うし」
さすが聡いと評判の皇女だ。かなり冷静に客観視なさっている。
マルドーネ公爵家がフィーナ殿下との縁談に積極的だったのは、玉座がかかっていたからだ。
「フィーナはそれでよいのかえ?」
スーヴェル皇后陛下はフィーナ殿下に問いかけた。
「だって、困らせたくないもの」
フィーナ殿下に視線を送られたフィリップ兄さまは思わず俯く。
そうか。フィーナ殿下自身はかなりフィリップ兄さまを気に入っていらっしゃるのは事実なのかも。ただ、身分を盾に無理やり婚約者とかにしたいとは思っていらっしゃらない。まだ十歳なのに、随分と大人だ。
「……と、フィーナはこういっておるが、ランデバー侯爵令息であるフィリップよ。そなたはどう思う?」
「え?」
突然スーヴェル皇后陛下に話しかけられて、フィリップ兄さまは戸惑いの表情を浮かべたが、ゆっくりと首を振った。
「非常に光栄ではありますが、正直、自分には雲の上のお方かと。失礼ながら申し上げますと、幼いときには、年の離れた異性に憧れることがございます。今のお気持は、おそらく『はしか』のようなもの。五年、いえ、三年もすれば私のことなど眼中にも入らなくなると存じます」
ふうっとフィリップ兄さまは息を吐いた。
「それって、今の気持ちは消えちゃうって思っているの?」
フィーナ殿下は不服そうだ。
殿下から見れば、初恋を否定された気持ちなのかもしれない。
「いいえ。ですが殿下は今までマルドーネ公子という選択しかありませんでしたが、これからは違いましょう?」
にこりとフィリップ兄さまは笑う。あ、これ、卑怯かも。こんな風に微笑まれたら、フィーナ殿下じゃなくても運命を感じてしまうかもしれない。ただ、兄さまは計算しているわけではなく、おそらく自然にやっていること。
「陛下。少なくともダビーとメルダナ嬢の婚約に関して、何の憂いもないということですよね」
リオンさまが話題を元に戻す。
「ええと、まあ、そうなのか?」
何故か疑問形になる陛下。フィーナ皇女殿下のことがなくても、陛下はこの縁談に少し不満があったのかもしれない。
普通に考えて、エミリアさまなら政治的には、もっと良い縁談があっただろうし。
「宰相どの、陛下はレジナルドの相手が決まった途端に、そなたが娘の相手を選んだことに多少なりとも不満があったのだ。このように嫌がらせのように呼び立てたのは稚拙であったな」
スーヴェル皇后は小さくため息をついて謝罪した。
「そもそもアルキオーネどのとリオンの婚儀はどちらかといえば、皇室が強引に推し進めたもの。その兄であるダビーどのの縁談まで陛下が口をはさんでは、いらぬ噂が飛び交いかねない。温厚派なアルマク侯爵としても、胃が痛くなる展開であったな。陛下に変わってお詫びする。侯爵、申し訳なかったな」
「いえ──もったいないお言葉にございます」
父は平伏する。その声音が明らかにほっとしているのがわかる。
「儂はそれほど悪かったのか?」
「悪いですね」
首を傾げる陛下を、レジナルド殿下、リオンさま、そしてフィーナ殿下が異口同音に断じた。
なにはともあれ、兄とエミリアさまの婚約は正式に認められることになった。
お休みを長くいただきましてありがとうございます。
今週は立て込んでおりますので、次回更新は金曜日になります。
そして、そろそろ終わるはずです……。




