満月 3
かさりと木の葉が揺れた。
庭園を流れる水音だけが絶え間なく流れ続けている。
「私と母上の間にあった溝はもちろん、陛下との関係も君のおかげで随分と変わった。それは間違いない。なにより母の命を救ったのは君だ。そして椿宮に立ち込めていた暗い影を払ってくれた」
「そうですかね?」
陛下は為政者としては優れているけれど、家庭人として満点とは言い難い人だと思う。椿宮での横領事件について、権限のない未成年の息子に丸投げして試すようなことをしていた。
リオンさまに大人を頼れと言ったのは、私ではなくガデリ司祭と兄だ。だから、すべてを私の手柄にするのは気が引ける。
「君だけは誰にも渡したくなかったから、ここまでかなり強引だった自覚はあるよ。我ながらかなり無茶を言ったと思う」
「最初、婚約はリオンさまの責任感だと思っていました」
原作が常に頭の片隅にあったから、そんな風に思ってもらえているという自覚は全くなかった。
「まさか。正式に婚約が決まるまで安心できなかった。君は兄上の婚約者候補だったし、ライバルがたくさんいたから」
「ライバル?」
何のことだろう。
「君たち兄妹は、普段は鋭いのに恋愛面では信じられないほど疎いよね」
くすりとリオンさまは笑う。
「メルダナ嬢は、ずいぶん前からダビーのことを気にかけていた。ダビー自身は気づいていなかったけれどね」
「兄は……罪の意識があったのだと思います」
兄が私をリオンさまに会わせたことで、私とリオンさまの婚約を推し進める結果となった。いわばエミリアさまの初恋を砕いてしまったと感じているのだ。
「メルダナ公爵は娘を皇族に嫁がせることを頑なに拒んでいたから、ダビーだけの責任ではないのにね」
リオンさまは苦笑する。
「でも兄の気持ちはわかります。エミリアさまは公爵令嬢ですもの。家格的には我が家より、ずっと皇族に入るにふさわしい立場にあります」
「君にそう言われると、私としてはとても複雑な気持ちになるのだけれどね」
リオンさまは不服そうだ。
「ただ、私でなく兄上の婚約者という道もあった。むしろ私より兄上の婚約者にという声がもともと大きかったしね」
メルダナ公爵は宰相でもある。公爵は後継者争いに加わることを嫌い、娘を皇族に嫁がせることを拒んでいたけれど。ずっと水面下では、レジナルド殿下との縁談が持ち上がってはいたようだ。
「アルキオーネ嬢もそうだけれど、ダビーもなぜか自己評価の低い男だ。コミュニケーション能力のお化けみたいなやつなのに」
「それに関しては偉い人と知り合いだからといって、自分の評価が高くなるわけではないと思っているのだと思います」
兄のコミュ力の高さは私もすごいと思っている。ただ、兄としてはそれを才能だとは自覚していない。
「謙虚が行き過ぎていると思う。ただ、そういうところをメルダナ公爵は気に入っているのだろう。そうでなければ、あれほど皇族と関わることを嫌がっていたのに、そんなに簡単に許可するわけがない」
「そうですね」
私がリオンさまに嫁ぐことで、アルマク家は皇族とつながりができる。リオンさまは皇族を出るつもりだし、アルマク家も遠戚として権力をふるうつもりは毛頭ない。とはいえ、あれほど権力と関わらせることを嫌っていた公爵が一も二もなく了承したのは、兄の人柄を気に入ってくれているからだろう。
「上手く、まとまりますかね?」
メルダナ公爵が賛成しているという時点で、うちの両親が反対する理由は全くないから、縁談に問題が起こるとしたら陛下が許可するかどうかというところだけだろう。
「陛下はダビーを気に入っているからなあ」
リオンさまは苦笑する。
「ひょっとしてフィーナ皇女との縁談は、ジョークではないってことですか?」
いくら何でも本気とは思えないのだけれど。
「君やダビーが思っているよりは本気だろうね。年齢の差なんて大した問題じゃない。なんといっても、ついこの前まで最有力だったのはマルドーネ公子だ。一つ年上になったところで変わらないさ」
それはそうかもしれないけれど。
「障害になるって程ではないとは思う。でも腹いせに嫌味の一つや二つ言うために呼びつけるかもしれないね」
「まあ」
本当にそんなことがあるのだろうかと、その時は思ったのだけれど。
数週間後。それは現実となった。




