満月2
胸がどきどきする。
唇が離れた後、私たちは無言のままじっと見つめあう。
月明かりでもそうとわかる美しい赤い髪。優しい瞳に私を映している。
「ごめん。結婚まで手を出さないと決めていたのに」
月明かりで色があまりわからないけれど、たぶんリオンさまの顔は赤い。
「ええと。いえ。はい」
どう答えていいかわからず、私も頷く。
「……大丈夫、かと」
何を言っているのかわからないけれど、私は言い訳じみたことを口にする。
私たちは婚約者同士。解消も可能な関係ではあるから、『節度』は守るべきという約束だとは思う。
唇を重ねるということは、一歩先に進んだ気はする。けれど、嫌ではなかった。むしろ、嬉しいというか、熱くなるというか。
頭の中が真っ白になるくらい何も考えられなくて、胸がどきどきして。
上手い言葉が出てこない。
「可愛い」
リオンさまは私の頬に手をあてる。
「ちなみにファーストキスだから、下手だったらごめん」
「……私も、です」
なんの告白タイムなのか微妙だけれど、お互いにお互いを見つめたまま微笑む。
この国は、欧米風ではあるのだけれど、キスの感覚は奥手かも。異性同士の挨拶のキスは手の甲までだ。頬にキスとかほぼない。
冷静な話、キスをしたから結婚しないといけないとか、そこまでギルティなことではないとは思う。
もちろん解消するつもりがあるなら、本当はこうして二人きりで話すことだって避けるべきだ。心が重なったと感じれば、離れがたくなるものだから。
「ローバー・ダリン司祭が『予言書』と信じていた、書物を手に入れたよ」
ぽつり、と、リオンさまが口を開く。
「君が未来視で見たという内容に少し似ていたかもしれない」
ダリン司祭がダリン司祭になる以前に、龍の巫覡だった者が見た未来視だそうだ。その予言書に書かれたことが、いくつか現実に起こった。光輪派はそれを利用して、信者を増やしていったのだ。
「最終的には兄上がこの国の皇帝になり、そしてナスランが消した魔術王国の魔術を復活させ、大陸を支配するという話だった」
「大陸を支配?」
それは随分と大きな話だ。『学院の赤い月』はあくまでロマンスファンタジーであって、覇道ものではない。お話はレジナルド殿下とマイアが結ばれて終わる。
「彼らは、それをとても魅力的に感じていた。既に永遠に近い命を求め、禁忌に手を出してもいたからね」
もちろんナスランの遺した書物などの記録から、予言に出てくる帝国の地下遺跡がほらではないことはわかっていた。
予言書の通り、レジナルド殿下とリオン殿下は現れ、マイアという女性も存在した。あとは、彼らが望むとおりに都合よく書き変えて行けばいい、そう考えたようだった。
「君の言ったとおり、その予言では、兄上とマイアは結ばれる。私は禁忌の魔術に魅入られて身を滅ぼす予定だった。だから──もっと簡単に堕ちるように、私の周囲の人間を洗脳していったみたいだ」
リオンさま苦笑する。
「本当、ダビーと君がいなかったら、私はきっと身を滅ぼしただろう」
「そんなことは」
ないとは思うけれど。
あの時リオンさまが置かれていた状況はかなり悪かった。でも、変えよう、変えていったのはリオンさま自身だ。運命を変えたのは、リオンさまがまっすぐで強い人だったからだと思う。
「いいや。だから、君は私にとっては本当に救いの女神だと思ったよ」
リオンさまは優しく微笑みながら首を振った。




