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メールに少し見入っていた。
三十四のアドレスで、自分の分を除いて三十三。
この中から、誰かを特定することなど、可能なのだろうか。しかも、メールで。
気付いたら、時計は七時五十九分になっていた。
もう、始まる。
携帯の時計が、八時を示した。
その数秒後、一気に、八通のメールを受信した。
どれから開けばいいのだろう。徐々にメールも増えていく。
一番初めのメールを開く。
―皆さんの善戦を期待しようじゃないか!
グッドラック!
複数人に送っている。これを全員に送っているのかもしれない。あいさつ…かな?
男子?いや、男子のフリをしている女子かもしれない。
考えているうちに、更に四通のメールを受信していた。
考え事なんて、してる暇無い。
―また一からのスタートですね。
みなさんどんまいです(笑)
―転校生の善戦に期待。
内容の全く違うメールが何通も届いた。一応、一通り、目を通してみる。
ギャル文字や敬語。特徴ならいっぱいある。なのに、全く断定できないのはどうしてだろう。
僕だって、ギャル文字ぐらい使おうと思えば使える。敬語も、ですますを付けるだけだ。
男子か女子かの特定すらできない。MTって、こんなに難しいんだ。僕はその異質な空気にただ呆然としていた。
僕は、返信をするのをためらっていた。
もし、下手に返信してバレたらどうしよう。上手く、言葉を使いこなせるかも分からない。
絶え間なく届くメールに目を通すことしかできない。でも、それが誰なのかなんて、分かるわけない。
しばらくすると、受信するメールの量がだんだんと減ってきているのを感じた。
最初は見るのも追いつかなかったのに、今は受信するのを待つようになっている。
あいさつが一通り終わったからだろうか?
受信したメールを確認する。二十通。ダブりはないから、残りの十三人は挨拶してないってことか。
受信メールを確認している間、新しくメールを受信することは無かった。
僕も、メールを送ることは無かった。
「夕飯、食べれるわよ」
母の声に驚いて、慌てて携帯を隠してしまった。
「あ、うん。すぐ行く」
僕はそう言って、携帯を閉じた。
部屋を出ようとドアに手を掛けた時、MTのルールを思い出した。
このシステムを口外しないこと。
僕は、携帯にロックをかけてから部屋を出た。
「ごめんな。昨日遅かった分、早く帰ろうと思ったんだけど」
父はさも、申し訳無さそうに言った。
「別にいいよ。明日は遅くなるの?」
僕は言いながら椅子に座る。
「明日も早く帰れるように頑張るけど、今日みたいな時間になると思うから先に食べててもいいぞ」
「そっか、分かった」
「…新しい学校はどうだ?すぐに馴染めそうか?」
父は少し聞きづらそうに聞いてきた。
「うん。大丈夫。明るいし、賑やかだし」
言っている最中、あのピリピリとした雰囲気を思い出した。もしかしたら、明るいフリをしているだけかもしれない。
MTは難しい。男子か女子かの特定すらできない。でも、あんな雰囲気にまでなるようなものだったかは分からない。
「そうか。じゃあ大丈夫だな」
いじめられる心配はないな。そう言いたいのだろうか。
「ごちそうさま」
そう言って時計を見ると八時四十五分になっていた。携帯は二十分近く置きっ放しになっている。
あいさつのメールが一通り終わって、僕は誰にも返信していないから、メールは、入ってないだろうけど…
自分の部屋に入って、携帯を開く。
メールが一件、入っていた。
―新入りだから、何も分からないんだよね。
かわいそう。
…え?
新入り?なんで?バレてる?
何もしていないのに。僕はメールを出していないから、文章を見て特定なんて、できるはずないのに。
まさか、何もしていないから、特定された?
でも、メールを出していない人は十三人はいるはず。その中から僕だけにメールを出しているのは何故?
返信…?他の十三人は、返信を…?
僕は混乱して、わけが分からなくなっていた。
ただ、このMTの世界で、正体がバレることがあまりいい影響を与えない、ということは分かる。
僕は、急いで返信した。
―新入り?えー、違いますよぉ。
意識しすぎじゃないですかぁ?
なるべく、他人を装って。そして、なるべく、性別すら特定できないように…
僕の心臓は高鳴ったままだった。まさかこんなに早く特定されるなんて。
僕が、誰が誰だかもわからないうちに、他の人達はどれだけの人数を特定しているんだ。
―あれ?あたしには、ちゃんと返信してくれるんだね(笑)
…僕が返信をしていないこともバレてる?
このmellowから始まるアドレスの人間は、どこまで分かってるんだ。
他の誰かには返信したかもしれないという可能性は?どうやってその情報を?
―ちゃんと返信してますよぉ(怒)
―あれぇ?おっかしいなぁ。
あたしが確認した限り、メールのやり取りしてないの、あなただけなのになぁ。
どうして…どうしてバレてるんだ。
他の三十ニ人のメールは確認したということか。
返信のみの十三人の情報はどうやって?ひとりひとりに聞いていったと言うのだろうか。
それなら、僕のところにも確認のメールが来ていてもおかしくない。なら、なんで?
たった四十五分で、見破られた。
たった四十五分で、見破ることができる。
まだ僕は、何も分かっていないのに。
まだ三週間もあるのに。一体、どうなってしまうのだろう。