2
転校初日は分からないことだらけで終わった。
学校のことじゃない。MTというシステムのことだ。
リセットを行います、というメールが届いてから、クラス全体がなんとなくピリピリしているように感じる。
そして、昼休みにもう一通メールが届いた。
―MTの詳細説明を行います。
ペナルティとボーナスについて。
禁止事項を破っている者を私へ報告した場合、破っている者にペナルティが、報告した者へボーナスが与えられます。
ペナルティは敵対する人間、ボーナスは親しい人間のうち誰か一名にランダムに、次のリセットの時に正体が明かされます。
報告者は、自分が親しい人間を二人以上、破っている者に敵対する人間を二人以上伝えてください。
また、禁止事項を破っていない者を報告した場合、報告した者へペナルティが与えられますので、禁止事項を破ったという証拠をお持ちの上、報告をしてください。
なお、禁止事項の1.2の項目は、名前以外にも、本人だと特定できる条件を言った場合は違反となります。ご注意ください
ただし、相手に自分が誰かバレている場合は違反にはなりません。
リセット時の報告について。
リセット時は、私へ新しいアドレスと自分の名前をお送りください。
自分以外の誰かの名前を送った場合、ペナルティが与えられます。
暗黙のルールとして、MTの世界でのことを現実世界へ持ち込んではいけません。
MTの世界ではどんな誹謗中傷をしても構いません。
お忘れの無いようお願いいたします。
ペナルティ、ボーナス…
MTの世界で成功するには、禁止事項を破っている者を見つけると良い。ということだろうか。
でも、敵対する人間、親しい人間とは、どういうことなのだろう。
原木へメールを送ったが、それはMTであなた自身が感じることです、なんてメールが返ってきた。
MTをやってるのはあのクラスだけなのだろうか。でも、それを聞くことはできない。
「ただいま」
僕は自分の家の玄関の扉を開けた。親に、何を話せばいいだろう。
「おかえり。新しい学校、どうだった?」
母がすぐに訊ねてきた。どう答えよう。
「賑やかなクラスだったよ」
僕はできるだけ不自然にならないように答えた。
「そう、すぐに慣れれそう?」
「うん、父さんは今日遅いの?」
僕は話題を逸らした。
僕が前の学校でいじめられているのが親に知られた時、ちょうど父親の転勤の話があった。
だから、僕は、上手く逃げることができたんだ。
「さぁ、連絡来てないけど…」
母はそう言って携帯を確認した。携帯を見ると、MTのことがすぐに思い出される。
「そっか。勉強してくる」
僕はそう言って自分の部屋に戻った。
携帯を開く。新着メールは無い。
原木はただMTの説明をするだけだ。他の人のアドレスはMTのルールがあるから、聞けないだろうし。
分からないことばっかりだ。
翌日。
「どこから来たんだっけ?」
一人の生徒が聞いてきた。
「東京、から」
「へぇ。俺、門脇って言うんだ。よろしく」
「…よろしく」
初日はクラスがピリピリしてて、動きづらかったけど、一日経つと、ほんの少しだけ、それも収まった気がする。
「まぁ、分からんことがあったら何でも聞いてよ」
門脇は笑顔でそう言った。
「…ねぇ、なんでMTなんてシステムがあるの?」
僕は小声で聞いた。
「…聞いたと思うけど、そのことは口外禁止だからさ、まぁ、あっちで会ったらいろいろ教えてやるよ」
門脇は周りを気にしながら小さく言った。
門脇のまるで別の世界のことを指すみたいな言い方がすごく不自然に感じられた。
―期日前ですが、全員分のアドレスが揃ったので、MTを開始したいと思います。
開始は今日の夜八時とさせていただきます。
八時五分前になりましたら、参加者全員分のアドレスの載ったメールを全員に配信いたします。
なお、今回の不参加者はゼロ名でした。
昼に、原木からメールが届いた。
いよいよ、始まるんだ。何が起こるのか、全く見当がつかない。
ただ漠然とした、不安があった。
メールが届いてから、またクラスが少しピリピリとした雰囲気に包まれた。
この雰囲気を見ていると、MTがただのゲームみたいに生易しいものじゃないことが分かる。
まるで、これからの運命をかけているみたいな、そんなものさえ感じる。
その夜、七時五十五分、メールが届いた。
原木のものを除いた、三十四人分のアドレスが、ただ羅列してあるだけの。
時計の針が八時に近付くにつれて、僕の心臓は高鳴った。
そして、メールの最後に載っていた言葉が、やけに引っ掛かったんだ。
皆様が幸せを掴める事をお祈り致します。