15
「お前は駄々こねてるだけだろ」
しばらくの静寂の後、口を開いたのは戸崎だった。
「新川はタゲられて、次回から参加をやめた。新川はゲームで負けただけだろ?負けたからこのゲームはくだらない。だからやめる。どこのガキだよ?」
「こんなのゲームじゃないだろ?負けたなんて話じゃないだろ?どんだけ凛が追い詰められてたと思ってんだよお前ら!」
平城の言葉が荒々しい。resistantの面影はもう無いのかもしれない。
他の人達は口を出すことさえできないような緊迫感。息苦しい。
異様なまでに張り詰めた空気が、廊下で騒いでいた人達にまで伝わったらしく、野次馬のようなものができていた。
「MTがなければ俺等は汚ねー大人にいいように利用されるだけだろ。誰かを騙さなきゃこんな世界生きていけねーんだよ」
「騙すとか関係ないだろ!お前らは、ずっと誰かを陥れてきただけじゃねぇか。お前が嫌ってる自分のためだけにしか生きられない汚ねー大人みたいに」
平城の言葉に、戸崎の顔は一瞬ゆがんだ。
「ざけんなよ。新川の敵討ちがしたいだけだろ?カッコつけんのも大概にしとけよ」
「自分を正当化すんのもいい加減にしろ!お前らがやってんのはただのいじめだろ?自分らが正しいとか本気で思ってんのかよ?」
応える者はいない。ただ、僕らは自分がやってきたことが何だったのか、やっと本気で考え出していたんだ。
「ルールに沿ってやってんだ。文句はねぇだろ?」
「てめぇら凛が止めた後もいじめ続けてたじゃねぇかよ!何がルールだよ?参加しないって選択肢なんて最初から無かったじゃんかよ!もう止めなきゃいけないんだよ…お前らいつまでこんなこと続けるつもりなんだよ!?」
「気にくわねぇならやめろよ、新川みたいに。逃げればいいじゃん。臆病者らしくさ」
戸崎の言葉のあとに、いくつかの悲鳴。平城は戸崎に殴りかかっていた。
そしてそのまま床に転がった戸崎の首を押さえつけた。
「お前らは今までにどんだけ人を傷つけてきたか分かってねぇんだよ…」
「…お前の、負けだろ。バーカ」
戸崎は苦しそうに小さくわらった。
騒ぎを聞きつけた教師達が平城を止めに入った。戸崎も大事には至らなかったらしい。
僕らはいったん携帯を取り上げられて、一人一人詳しく話を聞かれた。
ターゲットにされていた僕は特に念入りに、取調べみたいな重い空気の中でいろいろと聞かれた。
いじめられるようになったいきさつ、どんないじめだったか、誰が中心だったか。
平城の言ったことが本当なら、僕がターゲットにされたことに理由なんて無かった。それは僕にとっても都合が良かったから、そのまま教師には伝えておいた。
ただ、僕は何も分からないままMTに巻き込まれて、何も分からないままその終わりに立ち会っただけだった。
最後は、自分がターゲットにされていた時期すら忘れてしまうような光景で、そのせいで僕は最初から第三者だったような錯覚さえ覚えた。
「よく、分かりません」
こう言ってばかりだったんだから。
親には結局、すごく迷惑をかけることになった。
どんなことされたかとか、つらくなかったかとか、教師達とだいたい同じようなことを聞かれた。
生徒達の間で行われていた"変なゲーム"の犠牲者という立場だったから仕方ないんだけど。
僕は、とりあえず教師に言ったことと同じことを言っておいた。
生徒達だけの間でケータイで行われた"謎のゲーム"にはたくさんのマスコミが食いついた。
あいまいな報道にでっち上げられたルールも加わって、MTの姿は逆にうやむやになった気がする。
学校には何日もカメラが来てて、生徒達にいろいろと聞いていた。
ただ、僕がいたクラス以外の生徒に聞いたって何も分からない。それが拍車をかけて、いろんな"MT"が飛び交った。
"MT"では、誹謗中傷が当たり前で、毎日のように飛び交っている。
"MT"では、その誹謗中傷が原因でこれまでに何人か不登校になった。
"MT"では、嘘しか言わない。
"MT"では、ある特定の人物を嫌う人が集まって、その人をいじめる計画が立てられている。
"MT"では、闇サイトの情報が取引されている。
…らしい。
MTでのいじめなんて、ほんの些細なことだったのかもしれない。
僕らは、異端になった。
何人ものカウンセラーが、"危険なゲーム"を行っていた僕らの心を知りたがってやってきた。
"危険なゲーム"を行っていた僕らは、そこで身に付けたものによって、カウンセラー達を軽くあしらった。
他のクラスの生徒達は、"不気味なゲーム"を行っていた僕らのことを避けるようになっていた。
そんな人達に対しても、僕らはきっと顔色を窺いながらMTでやってたことを繰り返すのかもしれない。
いつか、MTのことなんて忘れられて、畠さんや、平城の言っていた昔が戻ってくるまで、ずっと。
僕はまた転校することになった。年明けに、今の学校よりちょっと家から遠い学校へ。
いろんな白い目に耐える日々は、もう長くは続かない。
「なんで、MTなんてやろうと思ったの?」
僕は最後に原木に尋ねた。単なる好奇心に任せて。
「理由なんて無い。でも、いろいろと分かったよ。自分の利益のためには他人は平気で蹴落とす。そんなやつらばっかりだった」
原木は呆れているように見えた。
「平城君が動いた理由はターゲットが新川さんだったからだろうし、畠さんも尾上君も、一人じゃ動かなかっただろうしね」
僕は否定できなかった。一人ではきっと、みんなに逆らうなんてできなかった。
「そうだね…でも、これでMTも終わりなんだよね」
「さぁ?これからMTがどうなるかなんて、興味ないしね」
原木の拍子抜けするような返答に僕は思わずポカンとしてしまった。愛着なんかが湧いてるなんて思ってたんだろうか。
「そっか、理由なんて無かったんだもんね」
「そうそう。今度転校するんだって?新しい学校では上手くやれよ」
原木の最後の言葉は、僕に対しての皮肉に思えた。本当はMTが終わったことも歪められたことも、悔しいのかもしれない。でも、本当のことはきっと分からない。
カーテンの奥が明るくなっている。もう、朝になってしまったんだ。
僕はベッドから降りてカーテンを開けた。朝日に照らされた少し見慣れた町が、続いている。
この町で、今度こそ変わらないと。
「おはよう」
制服に着替えて、一階に降りる。少し使われた鞄に教科書。いじめられたような跡は無い。
「おはよう。今日から新しい学校だから、がんばってね」
がんばって、いじめられないようにしてね。母の言葉が、そう聞こえた。
「うん」
僕は朝食のパンを少しかじって、牛乳で流し込んだ。
「いってきます」
少し足に慣れてきた靴を履いて、いつものように扉を開けた。
あの日とほとんど変わらない。家も、町も、学校も、鞄も、靴も、教科書も、ノートも、筆箱も。
でも、僕は、変わらなきゃいけない。
"昔のゲーム"の記録が全て消された携帯をポケットに入れて、僕は学校へ向かった。