14
屋上には、肌寒い風が吹いていた。寒さと怖さで体が震えた。
ちょうど、屋上にも僕達を探すクラスの人が来た。
「騒ぎになりそうだから、早く戻れよ」
平城だった。僕は哀れみを帯びた目を、平城に向けているのだろうか。平城に、それが分かっているのかは、僕には分からない。
「うん…分かった」
僕はこれから起こることに対して覚悟を決めていた。これから、終わりが始まる。
「ごめんね」
平城には聞こえないような声で畠さんが小さく言った。
「何が?」
「結局あたしは変われてなかった。みんなと同じで、他人をターゲットにしていじめてるだけだった。でも、あたしも変われた気がする。尾上君のおかげだよ。ありがとね」
僕はそれを聞いて少しホッとした。僕のやったことは無駄じゃなかった。そして、少し照れくさかった。
「そういうのは、全部終わってからにしようよ」
僕は早くなる鼓動をごまかすように小さく笑って言った。
「おぉ、やっと帰ってきたか」
担任の先生は安堵と笑みが混ざったような顔で言った。
「はいはい、みんなに言うことあるでしょ」
先生はわざとらしいセリフを言って、僕らを他の生徒の方へ向けた。クラスはだんだんと静かになった。ひどい鼓動が全身に伝わる感覚がする。
畠さんは少しうつむいて、小さく息を吐いていた。畠さんも、覚悟を決めているんだ。
「ねぇ…MTを、もう終わらせようよ」
畠さんの声が、静まったクラスの中に響いた。クラスのみんなは一瞬、少し驚いたような顔になった。
平城は気に食わないといった感じで視線を外に移した。
「エムティー…?なにそれ?」
先生は近くの生徒に尋ねていた。
「エムティーってなにー?新しい略語かなんかー?」
生徒の一人が大声で言った。先生の視線もこっちを向く。
「知らないフリしても無駄だよ。携帯見れば分かるんだからさ」
畠さんは落ち着いていた。この反応も計算してたのだろうか。
「あたし達、フツーにメールしてただけだよね?」
女子達がわざとらしく確認を取る。本当に、このままごまかせると思ってやっているのか疑問に思ってしまう。
「言い逃れはできないよ。千佳子、なんで携帯見れば分かるって言っただけで、メールのことだって分かったの?」
畠さんがそう言うと、杉野さんの顔はみるみる青くなっていった。
たとえこの場を乗り切ったとしても、自分がターゲットにされることから逃れられない。そう感じたのかもしれない。
「ねぇ、もうやめようよ。こんなの、いじめと一緒じゃん」
いじめという言葉に、先生の顔色が変わった。
「いじめ…?このクラスに…?」
先生の震えた声が僕らの方を向く。
「あたしはさ、普通に戻りたい。普通に生活したい。みんなと、普通に接したいんだよ」
「それはお前がタゲられてるせいだろ」
遮るように門脇が言った。教室の外は、朝のホームルームが終わった他のクラスの生徒達の話し声などで騒がしくなっていく。
「そうかもしれない…けど…あたしは、こんなことがしたかったわけじゃなかった。みんなも、そうでしょ…?」
みんなに反応はない。反応できなんだ。
「最初に原木君がMTやろうって言った時、面白半分でみんなでやった。最初は、最初は楽しかったよ。だけど、すぐに荒れていったじゃん。悪口言って、ターゲットだって言っていじめが始まったじゃん。あたし達はいじめのゲームを楽しんでやってるのと一緒なんだよ?」
畠さんは続けてみんなに呼びかけた。うつむく生徒が増えるだけで、反応は無い。
「お前の言いたいことは分かったよ。それで、尾上は?畠に言いくるめられてそこにいるわけ?MTのこともよく知らないくせに」
門脇が僕に向かって挑発的に言った。畠さんを避けて僕に振ってくるのは、それだけ押されてるって証拠なのかもしれない。
「畠さんから聞いたよ。僕が来る前のことも、新川さんのことも…」
その言葉に、平城は一瞬驚いたような顔をした。そして、僕の方を少し睨んで、そのあと畠さんを睨んだ。
「攻略するためにグループ組んで、ターゲットにされたら切り捨てて…こんなんじゃ、友達なんて言える人もいなくなるじゃん」
「お前はもともと友達いなかっただろ」
冷たいセリフに一瞬、心が痛む。だけど、僕はここで、MTを壊さなくちゃいけない。
僕や畠さんや平城のために。みんなのために。
「友達って言える人は、いたよ。だけど、僕はその人達のことを信じられなかった。疑っちゃった。影で自分のこと悪く言ってるんじゃないかとか。本当は友達だなんて思ってないんじゃないかとか。いつもその人達の話すことに聞き耳立てたり、嫌われないように必死に合わせたりした。だけど、全部無駄だった。そんなことしたってさ、相手から見れば信じてもらえてないだけだった。だから僕はみんなから呆れられて、それで、いじめられた。僕が、悪かったから。このクラスは、MTのせいで信頼とかをあいまいにしてるじゃん。それが、かわいそうって言うか…かなしいって言うか…」
僕は必死に言葉をつなげて喋った。こんな告白をするなんて、思いもしなかった。
だけど、伝えたいことはたくさんあって、つながらない言葉も、たくさんあった。
「お前がいじめられてた理由なんてカンケーねぇんだよ!同情なんかしてんじゃねぇよ!」
門脇の怒号は静かな教室に響く廊下の喧騒と混ざり合った。門脇の言っていたことは正論なのに、賛同するような声は無かった。
「なんだよ、なんなんだよ、お前ら?急にさ、何黙ってんだよ?」
門脇がみんなを見渡す。目をそむける人ばかりだ。
「お、俺はさ、こんなことになるなんてさ、思ってなかったし。あくまでゲームだって思ってやってたからさ、本気じゃないし」
一人が立ち上がって言った。
「俺も…」「あ、あたしも」
それに続いて何人もが便乗するように言った。みんな、自分が加害者なんて思ってなかったんだ。
「な、なんだよ…お前ら、卑怯だろ?そんなの…なぁ…」
門脇は言葉に力を失った。みんなの心は揺らいでいるんだ。
「戻ろうよ、昔みたいに、さ。あたし、尾上君に言われてやっと分かった。MTなんて、敵ばっかりじゃん。あたしが、ターゲットにされた時、かばってくれたのはカホだけだった。でも、かばってくれる人がいるだけで、あたしは十分幸せかもしれない。みんなは、自分がもしターゲットにされた時、誰かかばってくれるの?見捨てられないの?」
「だったら何で凛を見捨てたんだよ!」
畠さんに向かって怒鳴りつける声。平城だ。
「みんな勝手なんだよ。普通にやってりゃよかったじゃんか。MTなんてさ……どうせバレないからっつって悪口なんか言い始めて、挙句つまらないからっていじめまで始めてさ。ゲームだからって甘い考えで誹謗中傷、どんだけ文句言っても、どうせゲームじゃねぇかなんて言って鼻で笑う。自分がタゲられねぇと自分らが何やってんのかもまともにわかんねぇくせに。凛が、どんだけ傷ついたと思ってんだよ。他のタゲられたやつらも。畠も…気付くのが遅いんだよ。凛がタゲられた時、なんでかばってやれなかったんだよ。なのに、自分がタゲられたら、しっかりかばってもらってんじゃねぇよ…こんなことしてんじゃねぇよ…身勝手なんだよ。身勝手なんだよ。みんな…」
平城の中に溜まっていたすべての負が吐き出されたような、重いものが僕らにまとわりついた。
僕らの中に、終焉が近づいていた。