12
MTのルールは、もうほとんど崩壊している。
畠さんへのいじめはMTでのことを現実へ持ち出したことになる。なのに、正当化されてしまっている。
最初に畠さんがペナルティなんてあってないようなものだ、なんて言っていた理由がやっと分かった。
遅かれ早かれ自分が誰かなんてみんなに知れる。
それに、同じグループの人だって簡単に分かる。
ゲームが楽しめるなら、違反を見過ごすことなんて当然なんだ。
MTは壊れていく。
なのに、僕は、MTでも現実でも、もっと追い込まれていくんだ。
朝のホームルームが始まるチャイムが鳴って、みんなが何事も無かったかのように席に着いた。
「みんな、おはよー。…あれ、畠さんと安原さんは休み?」
担任の先生が教室に入ってきた。教室内に、いじめの跡はもう無い。
「鞄はあるからどこかに行ってるんじゃないですか?」
一人の女子が言った。
「もうチャイムは鳴ったのになぁ。誰か探しに行ってくれない?」
先生はそう言って辺りを見回す。
「尾上が行けば?畠さん困ってるんだから、お前が行ってあげなきゃ」
男子のうちの一人が僕の方を見て、わざとらしく言った。
「お!尾上もやるねぇ。行ってあげな」
先生が何も知らないままそう言って、僕をさらに追い詰める。
僕はどうするべきなんだろう。先生や親にバレないようにするためには、不自然の無いようにしないといけない。
「…ん?どうした尾上?」
先生の怪訝そうな声が聞こえた。不自然の、ないようにしないと…
「…そんなんじゃないって」
僕は立ち上がって、無理やり笑いながら、その男子の方を見て言った。これで、先生はなんとかごまかせるだろうか。
僕は結局、畠さんと安原さんを探すことになってしまった。
「帰ってくるときが楽しみだな」
僕が教室を出る直前、門脇が小さく僕に向けて呟いた。
無言のまま教室を出た僕は、そのまま逃げ出したい衝動に駆られた。
―今、どこにいるの?
僕は畠さんにメールを送ってみた。
一応学校内も探してみるが、見つからない。
―屋上だよ。来てみる?
畠さんからのメールが返ってきた。僕の脳裏に不安が過る。
僕は返信もせず、屋上へ向かった。
屋上の扉の鍵は開いていた。僕が扉を開けると、フェンスにもたれかかって畠さんと安原さんが座っていた。
「いじめってさ、つらいよね」
畠さんは僕に向かって言った。自分が被害者であるような言い方だった。
「今まで平気で誰かをいじめて来たんじゃないの?」
僕はその無責任な発言が少し気に障った。
「…ごめん」
畠さんは小さく言った。
「先生が探して来てって言ってさ。まぁ提案したのは他の人だけど」
「…戻りたくない」
「…じゃあ、安原さんは?」
「あたしはミエと一緒に居る」
どちらも、戻る気は無さそうだ。でも、戻らないなら、それはそれでいいかもしれない。なんてことを教室を出る前の門脇の言葉を思い出しながら、漠然と考えている僕がいた。
「じゃあ早退したら?」
「…親がなんか言うもん」
「ここでこうやってても、親には知れると思うけど?」
それは、僕も同じかもしれない。なんて、ふと脳裏をよぎった。
「…勝った気でいんの?」
畠さんの声質が変わった。刺すような声だ。
「そうやって追い詰められたあたしを更に追い詰めるようなこと言ってさ、優越感に浸るわけ?」
さっきとはまるで別人みたいだ。精神が不安定な証拠なんだろうけど。
「別にそういうわけじゃないけど…」
「…あたし、最低だよね。いじめだしたのはあたしらなのに」
畠さんにもう冷静な判断力なんてないのかもしれない。ただ葛藤の中で思い浮かんだ言葉が口から漏れているような、そんな感じがする。
「MTができて、あたし達は賢くなって、もっと賢くなったらズルくなっちゃってさ。汚い生き方しかできないよ」
畠さんはそう言って涙をこぼした。
「あたし達は戻らないから、保健室にいるとか適当に言ってごまかしてよ」
安原さんは畠さんの背中を撫でながら僕に言った。
「すぐバレるよ?」
「じゃあ、ここで一緒にいるって言うの?」
安原さんは語尾を強めた。僕が畠さんを追い詰めているのだから追い出したいのも仕方の無いことだけど。
「いいよ、もう少しいて。話したいことあるし」
畠さんが小さく言った。少し鼻声になっている。
「話したいこと?」
「平城君のグループにいるでしょ。resistantってやつ」
僕が必死に隠そうとしたところで、無駄だったみたいだ。
resistantが平城だったことも、初めて知った。
「あそこはMT嫌ってるけどさ、あんまり納得いかないままでそれについていくのも微妙な気持ちでしょ?」
畠さんは涙を浮かべながらそう言って皮肉そうに笑った。
僕はようやく全てを知ることができる。
肌寒い風の吹く屋上で、畠さんは話し始めた。