談-1 punishment
ぼくは『語り部』を務めるのが、はじめてだ。ゆえに、どこから話したものか──おそらくぼくには文系の才能はないので、思いついたことをただただぽんぽん話していくことしかできない。それでも迷いを口にするよりは見苦しくないだろうから、とりあえず話すと、さて、ことの発端は半月前の食卓に遡る。
「学校に行け」
と、ある日突然、姉である小柴未来来からそんなことを言われたときは、さすがのぼくもわが耳を疑った。
え、なになに? 誰もが認める生粋の登校拒否児であるこのぼくに、ぼくのプリチーでステディなおねえちゃんはなんて言ったのかな?
「ゴートゥースクール。オア、アイル、キルユー」
「死ぬの? ぼくって?」
「まぁ食べて。ほら、鮭の塩焼き。冷めちゃうよ」
鮭の塩焼きが冷めると残念になる料理かどうかは疑問の余地があったけれど、たしかに水分が飛んでカチカチになっちゃうのはよくない。
ぼくは勧められるままに、おねえちゃんがつくってくれた焼きサーモンを箸でつまみ、口に運んだ。ん、和食もなかなかいいな。
「もぐも……、もしかしておねえちゃん、勘違いしてる?」
「なにを?」
「たしかに、ぼくはこの三月で少しだけ前を向けるようになったかもしれない。それはおねえちゃんのおかげだし、数多ある並行世界の『英雄』たちのおかげだ。ぼくは、感謝してる」
三月、ぼくにとって最も黒い歴史。
詳しく話すとまぁ約二十七万字、文庫本にして(無駄に)上下巻にも及ぶ一大スペクタクル・エンターテインメントブックになってしまうのだけれど──あいにくその主人公は、ぼくではない。
主人公はいま向かい合っている、小柴未来来という十七歳の少女だった。
その物語において、ぼくに与えられぼくが背負い立ってみせた役割は、明確な悪役だった。『悪』という言い方がお気に召さなければ、『敵』と言ってもいいだろう──世界の敵。それもこの世界ひとつではなく、数多ある全並行世界に対する唯一の敵だ。あるいは、すべての『よからぬこと』に裏で糸を引いていた黒幕、と言ってもいい。
『全体の王』。
諸般の事情により、ぼくは世界を呪っていた。何年も絶えず呪い続けた。その暴走じみた『反逆』を止めてくれたのが、小柴未来来であり──そして、おねえちゃんの仲間になった色んな並行世界の登場人物たちだ。
悪夢のようなあの事件を退け終わらせてくれた彼ら彼女らに対して、ぼくは正直、感謝している。そのおかげでぼくは自分の存在を赦し、世界に『他人』がいるという事実そのものを赦し、過日よりも前を向けるようになったのだから。けれど──、
「……それとこれとは、別じゃないかな」
言いづらい不満ではあったけど、それでもぼくは口にした。
──学校に行け、と。
突然そんなこと言うんだ、ぼくのおねえちゃんって。
返す返すも『諸般の事情』によって、ぼくは学校でいじめられていた。もっともそれは小学生の頃のことであり、ぼくが手続き上入学してみせた市立鏡ヶ丘中学校──おねえちゃんが通っていたのと、同じ中学校である──には、ぼくはほとんど足を運んだことすらない。
足をどこかに運んだこと自体が生涯ないのだけれど。
ぼくが運べるのは車輪だけであり、ぼくができるのは車輪の再発明だけである。
ともかくそういうわけで、ぼくは『学校』が苦手だ。最近は少しでもまともに生きられるよう苦心しているけれど、正直に言うと、おねえちゃん以外の人間の顔だって、ぼくはまともに見られないのだ……彼らにどういう罪があるのかと聞かれたらぼくにもわからないのだけど、どうしても気持ち悪くなってしまう。
自分のやったことに対して、反省はしている。
それでも、ぼくは人間が嫌いだし──仮にそれを荒療治で矯正できたとして、それはぼくという存在の死を意味するんじゃないだろうか?
「うん、まずは思いの丈を聞かせてくれてありがとね。そのうえで私は言うんだけれど、べつに私は、去見くんに『人間好き』になってほしくて『学校に行け』と言うわけじゃないんだ」
と、まずは思ったことを率直に言ってみると──一時期はフリーズドライのごとく乾き切るのと凍りつくのを両立していたわが姉弟関係も、ようやくそのくらいには氷解した──、おねえちゃんは、そんな要領のつかめないことを言った。
人間好きになってほしくて学校に行けと言うわけじゃない。
じゃあ、なんのために?
「うん。ずっと考えてたんだけどね」
「なにさ、もったいぶらずに早く言ってほしいな。ぼくとおねえちゃんの仲じゃない、そんな緊張しないでよ」
「罰ゲームみたいなものかな」
ん? という気の抜けた反応が、喉まで出かかった。
そして次の瞬間にブーストし、結局外界に出力される。
「ん?」
「いや、いまさらわざわざ言うことじゃないんだけど、いちおうこの前の去見くんってすごい悪いことしたわけじゃない? 実質的にはどの世界にいるかを問わず、すべての存在を『抹消』しようとした──でも、その事実は私を含む一部の人間しか覚えてないわけで」
「うんうん」
「だから、私が罰を与えないといけないのかなぁ、って」
「かなぁ、って?」
戸惑うぼくに、未来来おねえちゃんは指を突きつけた。
食事中にするポーズじゃなかったけど──それはたしかに、ぼくの憧れる『主人公』の指先だな、と思った。
「あのう、つまり?」
「学校に行きなさい、去見くん」
それを去見くんへの罰にしようかなって。
なんて、おねえちゃんはうんともすんとも笑わずに、言った。




