①─6 友達─ひのあきほ─
〈まえがき・田村と大野〉
ネタバレ:このあと怪人になります。
日野さんの所属するダンス部の公演は、二週間後。
なんでも、最近になって老若男女の間で人気が爆発したオリジナル特撮ドラマ『タイフーン戦士・風砂』の地域ショーの中で、うちのダンス部が、この作品の主題歌に合わせて踊るパートがあるらしい。
なんで……?
と思ってしまうけれど、まぁ、地域の公演ってそんなものだ。
うちの中学では、二年生全員がその見学に招待されているので、授業の一環で朝から観に行くことになっている。見学とは言っても、要は応援みたいなものだ。
日野さんから聞いた話だと、ダンス部的には、この公演の動きがよかった人を、次の大会で目立つポジションに置くつもりらしい。
いつか、日野さんから聞いたことがある。
日野さんの夢は、三年の最後の夏大会で、一曲でもいいからセンターで踊ることなんだって。
つまり、二週間後の『タイフーン戦士・風砂』のショーは、彼女にとって、夢に進むための最初のチケットなのだ。
なんだけど、まぁ、それ以外も忙しい。
「やっほー、しばっちぃ!」
案の定というか、自転車を濃いで指定された河川敷に着いた私を迎えたのは、そんな底抜けに間延びした声だった。
時刻はまだ朝の十時半。
夏場の日差しは暑かったけれど、太陽が真上にないぶん、まだマシだ。塗ったような青空には入道雲が浮かんでいて、数時間後に夕立が来る可能性を想起させた。だとしたら、こういう大きな川の近くには、あまり近寄らないほうがいい。
いまは、『愛夢かいざ』が意識の主導権を握っているらしい。
異世界人のほうが自由にスイッチを切り替えられるのかと思うと、怖いな。
「来てくれてありがとうね! ぺちぺちぺちぃだよっ!」
「うるさいな……えっと、そういえば呼び方は?」
「かいざでいいよぉ」
「わかった。かいざね。かいざ、目立つからちょっと静かにして」
ひぐぅ、という声をあげて(なんだお前)、かいざは黙ってくれた。
ものわかりがいいんだか、悪いんだか。
「昨日ははぐれちゃったけど、まだ気になることがたくさんあるんだよね。色々聞いていい?」
「あっ、えっとね。大丈夫なんだけど、わたちからも先に一つだけいいかな?」
「……? うん」
私が許可を出すと、かいざは胸の前で両手をもじもじさせながら、
俯きがちに、こう言った。
「ごめんなさい」
次の瞬間、かいざは頭を下げていた。
深々と。
角の裏側が見えるくらい、腰を曲げて。
「え? な、なにが」
「わたち、この子のこと何にもわかってなかったんだなぁ、って」
私はかいざに顔を上げるよう手振りで促したけれど、ああそっか地面見てるからこっち見えてないんだと気づいて、「とりあえず顔上げて」と言った。
腰を伸ばしたかいざは気まずそうに、視線を左隣の川へそらしたかと思えば。
「──この子、すごいね」
と言った。
「昨日、この子、『日野明保』ちゃんの生活を、この子の意識の中で見てたんだぁ。そしたらさ。インターネットでダンスの練習動画探して、何回も何回も練習しててね」
「……そっか」
「苦手なところは繰り返し。できたところも油断せず。それで、寝る前には明日の学校の準備してさ。そこで宿題やってなかったことに気づいて、夜更かししてまで苦手な数学のワークをやって。そのあとには軽く日記も書いて、いまの悩みとか楽しみなことを整理してから、寝てた」
「うん」
「それって、変身して悪い人と戦うのより、すごいと思う」
「あんまり、そうは思わないけど」
「ううん。わたちたちの世界の子はね──誰も、自分のためにがんばれないから」
かいざは切なげに、そう言った。
自分のためにがんばれない。
「それぞれの性格とかじゃなくってね。たぶん、世界そのものがそうなってるんだぁ。自分の夢を追うこととか、こつこつ努力することとか、そういうのは全部、『欲に駆られたわるい行動』ってことになる。わたちたちの世界じゃ、誰かのために自分を犠牲にすることだけが、『いいこと』なんだよ」
「……そうなんだ」
私は、それだけ返した。
なあんだ、それも立派なことじゃん、とは言えなかったから。
誰かのために自分を犠牲にしないと褒められない世界。たしかにその中で、美しい献身の物語が生まれることはあるんだろう。
だけど、本人たちはたまったもんじゃないはずだ。
世界が違えば、価値観も違う。
当たり前のことだけれど、ふつう人は一つの世界の中でしか生きられないってことを思うと、辛い事実ではある。
自分と合わない世界に生まれて、その中で散る。
そんな可能性だって、あるのだ。
「だから、わたちは『明保ちゃん』のことを、羨ましいと思った。尊敬してる。ただ──そんな子の大事な時期にお邪魔しちゃって、悪いことしたなって改めて思ったんだぁ」
「うん」
まぁそれは本当にそうだねと思ったけど、ギリ言わずにとどめた。かいざにもかいざの事情があるのだ。本人がもうじゅうぶん色々考えてるみたいだし、いったんよしとしよう。
私も、この子のことをちゃんと理解しなくっちゃな。
世界が違えば、価値観も違うんだから。
ちゃんと、歩み寄らなきゃ。
「まぁ、日野さんならきっと大丈夫だよ。昨日もがんばってたんでしょ?」
「う、うん。それはもう」
「だったらいったん信じるよ。じゃあ、そろそろ私の質問に答えてもらっていいかな?」
「うんっ! それはもう!」
ふんすふんすと鼻息を荒くするかいざを、見つめる。
私の持ってきた問いは、いたってシンプルだ。
昨日、答えをもらいそびれた質問。
「なんで、私なの?」
それから一呼吸おいて、右手で、指を二本立てる。
「あと、私はどうやってかいざに協力したらいいの?」
言い終えて、とりあえずこれだけ聞ければ安心だな、と心の中でため息をついた。
WHYと、HOW。
巻き込まれた側にとって、どっちも必須の質問だ。
「ええとね」かいざはむずかしそうに口を縛ったあと、答えてくれた。「わたちたちの世界で突然、空に『穴』が開いて、イバラバラの敵幹部がそこに飛び込んじゃったって話はしたよねっ?」
「しっかり覚えてる」
うんうん、と心の中でうなずく。
そういやそんな話でしたね。
「分析してくれた仲間のゆきちゃんによると、どうして発生したのかもわからない『穴』に頼らず異世界に行く方法は、一つだけ。それが、その世界における『特異点』をコンバーターにして、その人の近くにいる人物に憑依すること──なんだって。わたちは、しょーじき、まだよくわかってないんだけどねぇ」
「……ふうん」
たしかに、よくわからない話だ。
けれど、一つだけわかることはある。
どうやら私が、その『特異点』とやらになっているらしい、ということ。
「でも納得かな。私はいままで、自分でもなんでかわかんないんだけど、行く先々で変なことばかり起きてきたんだ。でも、これで原因がはっきりした。──たぶん私は、異世界での出来事の影響を受けやすいんだ」
「異世界での出来事の影響、って?」
「うん。つまりね、私が異世界とこの世界を繋ぐ『扉』みたいな役割になってるんだと思う」
語りながら、頭の中で整理する。
それがたぶん、『特異点』って言葉の意味。
たとえば世界Aのある地点で銅像が建てられる。
すると、とんでもなく低い確率で、その出来事はこの世界にいる『私』に干渉する。
結果として、私の周りに、いままでこの世界の人が一度も見たことのない銅像が突然出現する──って感じ。
たぶんそれで、かいざが私の世界にアクセスしようとしたとき、たまたま近くにいた日野さんに憑依したんだろう。あのとき、教室には私と日野さんしかいなかったから。
「へぇー。さすが、しばっちの説明はわかりやすいね。ぺちぺちぺちぃだね! でも、なんでしばっちがそんな立場になってるの?」
「それは、ごめん。私にもわからないんだ」
河川敷の、橋の下の日陰で喋る。
川から、涼しい風が来るのを感じる。
私がこの『体質』を持ったときのことは、まだ思い出したくない。
じきに、私は話題を変えた。
「でも、とりあえず、私がこの世界でのかいざのお目付け役に選ばれた理由はわかった。なぜか、かいざの本当の姿をこの世界で認知できるのも、私だけみたいだし」
じつはさっきからこの河川敷を通る人が何人かいるんだけど、誰も、かいざに注目することはなかった。角が二本生えてるのに。しかも『X』型だぞ。女子中学生の頭に。面白すぎるだろ。
しかし、誰もかいざの頭には見向きもしない。
昨日の鹿島先生の反応を鑑みると、私以外の人間には、『愛夢かいざ』の姿は『日野明保』のそれに見えている……と考えて、間違いないはずだ。
「それじゃあ、次の質問ね。私はかいざにどうやって協力したらいいの? もし期待してもらってたら悪いんだけど……私、超能力とかそういうの、べつに何にも使えないよ」
と、私は言った。
そのときの私の心情。
もし期待してもらってたら悪いんだけど、っていうのは、まぁ、気さくな冗談みたいなもんだった。そのつもりで言った。
まさか変身ヒーローと悪の組織がドンパチやってるような世界観から来て、こんな平凡な日常が繰り返されるだけの世界で、こんな一般の女子中学二年生に期待することなんて何もないだろ、って。
が、しかし。
かいざは、まるで、その言葉が心底意外で完全にあてが外れちゃったよどうしようとでも、いまにも言いだしそうな感じで──大口を開けていた。
「──そうなの⁉ え、えっと、どうしよう……?」
言った。
あのう。
そんなに、なんか、頼る予定だったんですか?
「いやっ! えーと、たしかに語弊あるね……。でも、正直この世界に来た敵って、ケッコー強くてぇ……。隠れて暗躍するのも上手いタイプでぇ……。直接一緒に戦うまではしなくても、調査とかに使える能力があったら頼れるかなぁって……、『特異点』だしぃ……」
どうしたどうした。キャラが崩れてるぞ。
急にぺちぺちぺちぃとかいう意味のわからない言語を喋り出すやつには、とても見えないぞ、いま。
「ただの一般人で悪かったよね……」
「いやっ! 大丈夫っ! 未来来ちゃんがどんな子でも、わたしは絶対友達だからね! 心配しないで!」
かいざはとても慌てて(自分でもこんな雑な表現はどうかと思うけど、本当にそうとしか言いようがない慌てようだった)、私の言葉を否定した。
……ん?
なんか、いま、違和感あったような気がするけど。
まぁ、普段クラスメイトと距離を置いている私が、急に『友達』って言われてびっくりしちゃったってだけかな。
「あれぇ? でも、おかしいな。ゆきちゃんには、『特異点』の子には何か特殊な力があるはずだって聞いてたんだけど……いや、ごめんね。こっちの勘違いだったみたい」
「うん。それと私、かいざと友達になったつもりはないんだけど」
「えっ⁉」
かいざはでっけえ声で驚いたあと、いかにもさびしそうに目をうるうるさせた。
「そんなごむたいなぁ……。しばっちとわたちの仲じゃない、ここは一つ」
「いや、そもそも私、友達とか作らないようにしてるし」
「そんなさびしいっ! じゃ、じゃあ、もしかしてわたちって、一緒にいちゃダメ……?」
悩んだような様子で尋ねてくる。
この子、ずっとやりづらいなぁ。
まぁ……ううん。たしかに私がいないと、かいざは誰にも認識してもらえないのか。かいざの姿は、傍目には『日野明保』の姿に見えるんだし。
使命のため、異世界に一人でやってきて。
自分を知ってる人は誰もいない中、ひっそり悪と戦う、か。
「おねがいぃ……。しばっち、そばにいて」
「わかった、わかったってば! しばらく付き合うから。その感じだと、たぶんあっちの世界に帰るときにも私が必要なんでしょ?」
「うん、たぶん」
「じゃあいいよ、ほとぼりが冷めるまでそばにいる。何ができるかわかんないけど、一緒に対策も考えよう」
私の言葉に、かいざはぱあっと表情を明るくした。
ひまわりの花が開いたみたいな笑顔だ。
「やったぁ! ありがとうっ、しばっち。じゃあじゃあ、わたちとしばっち、友達でいいっ? いいよねっ?」
私は「ん」と答えて、かいざから川へ視線を逸らした。
なんとなく、気恥ずかしかったから。
「言っとくけど、あくまで、かいざのいう『敵』をやっつけるための関係だからね! ずっと友達、とかじゃないから」
「うんうん、最初はそれでいいよぉ?」
「最初って……まぁいいや。とにかく、じゃあ今度はその『敵』について詳しく教えてよ。あっちはどんな能力があるの?」
「うん。えっとね……」
それから、かいざは『敵』について語りだした。
地球を征服しようとする悪の秘密結社、イバラバラ団の幹部。
「こっちに来た幹部の名前は『転香』っていって、背の高いすらっとした銀髪の男。何かにつけてイヤミなやつで、それからね」
「ストップ。性格はいったんいいから、どんな能力を持ってるやつなのかを教えて?」
「う、うんっ。転香は、氷属性の能力を使うんだ。正確には、冷たい星で育った寄生植物、『ジェラキ』のエキスを使用した力。私は体術系の戦士だから、周りを凍らされて身体が悴むと力が半減する──基本的には、相性が悪いねぇ」
かいざの説明に、私は「なるほど」と反応した。
属性……。まぁ変身ヒーローものじゃ、よくあるか。
私は『タイフーン戦士』シリーズを三歳のころから欠かさず見てるので、わかるぞ。
「でも、それじゃあどうしてかいざがこっちの世界に派遣されたの? 別の適任もいたんじゃないのかな」
「それは、その」
「その?」
「わたちも、じつはよくわかってなくて……。みんなが満場一致でわたちを選んだのはたしかなんだけど、理由を聞く時間とかもなかったから」
かいざはもじもじと胸の前で両手を合わせる。
うーん、そうなんだ。
本当に急なことだったんだろうな、こっちの世界に来るの。
「ただね。わたちたちにはイバラバラにはない、特別な力があるんだよっ! 聞きたい?」
「聞きたいから、もったいぶらずに早く教えて」
「うん。わたちたちは──誰かに応援されるほど強くなるんだ」
かいざは腰に両手を当てて、小さい胸を思いっきり張った。いまにも、えっへん、とでも言いだしそうだ。
なんとなく、正義の味方っぽいポーズでもある。
「応援されるほど強くなる……?」
「そう。えっとね、わたちたちの世界では、植物に『がんばれ』とか『すくすく伸びてね』みたいな、やさしい言葉をかけてあげると、よく成長するんだ。それと同じようなもので、応援されると、わたちたちの中で生きてる植物の力が強くなるって感じ。もしかして、こっちの世界では違うかな?」
「ん。いや」
少し迷ったあと、私は答えた。
「こっちの世界でも、たぶんそうだよ」
って。
科学的根拠とかは全くわからないし、本当かどうかも怪しいけど。
「そっか、よかった! わたちの力そのものは、世界が変わっても変わらず使えると思うけど……いちおうね。そのほうが、なんだかやさしくていいもんね」
「まぁ、そうだね」
そんなふうに話していると、遠くで雑音が混じった。
──男二人の話し声だ。
声のしたほうを見ると、うちのクラスの田村と大野が、制服のままこっちに歩いていた。休日なのになんでだろ、と思ったけど──たぶん補修かなんかだろう。
日野さんが少し前、「今回のテストで補修になったら練習できなくなるから、ぜったいがんばるの!」って息まいてたのを思い出す。
結局、日野さんはなんとか回避できたみたいだけど、あの二人は無理だったってことか。
見てると、大野と目が合った。
「あれ、小柴じゃね?」
「うわっ、ほんとだ。関わったやつが次々におかしくなることで有名な、あの小柴未来来さんじゃん。道変える?」
「だなー。ちょっと戻ろうぜ、あいつブキミなんだよ」
大野の提案に、田村が同調する。二人は踵を返した。学校までは遠回りでも、この河川敷の隣にある道路を進むことにしたらしい。
関わったやつがおかしくなる、か。
尾ひれのついた噂だけど。
なんだか、『友達』には見られたくない光景だな。
「気にしないで、かいざ。ああいうのは日常茶飯事だから」
声をかけようとしたが、しかし。
そこに──もうかいざはいなかった。
いつの間にか、二人のところまで走っていってしまっている。
「ちょっ……!」
「通っていいよ!」
急いで走って追いかける私のところまで、かいざの大きな声が届いてきた。
私より少し高く、クラスの男子よりは低い背丈を反らして、田村と大野の荒々しい格好を見上げている。
胸を張って。
こういうときに、やれやれって言えばいいんだろうか?
とにかく私はかいざに追いつくために、河川敷のコンクリートを踏みつけながら走った。暑い。あの一瞬で詰めたとはとても思えないような距離が、私とかいざの間には空いている。
十秒くらいかかって、ようやく追いついた。
「え、なに、日野さん……」
「通っていいよっ!」
田村と大野は露骨に困惑していたけど、かいざはどうやら譲ろうとしていない。言ってることはさっきと一言一句変わってないけど、語気はさらに頑固な感じだ。
それでいて、怒ってるってふうでもない。
意地を張っている、ような感じ。
「かい……日野さん。そんなことしなくていいから!」
「なんで?」
「えっと……、だってさ、日野さんはそんなことする人じゃないでしょ?」
私がそう言うと、かいざ──田村と大野にとっては、おそらく『日野さん』に見えている──は、きっと眉をしかめて、私のことを睨みつけた。
「するよ」
と、かいざは言った。
思わずたじろいだのは、その言葉が、いままでのかいざのどんな言葉より、力強かったからだ。
昨日からよく聞いている、間延びした演技くさい声じゃなくて、本気で、話しているときの声。
田村と大野は茫然としていたけど、いまさら私が何か声をかけられる雰囲気じゃない。まだ息切れが残る中、黙って、ただかいざの言葉を待つ。
その間に思い出したのは、愛夢かいざの、最初の台詞。
しばっちは、芝居が下手だね──。
「昨日、日記を読んだの」主語と目的語を省略して、かいざは言った。「そしたら、小柴ちゃんとのこと書いてあったよ。もちろん部活の友達や、家族のことだってたくさん書いてあったけど──それと同じくらい、小柴ちゃんのことも」
「…………」
「小柴ちゃんがクラスの人に避けられてるのを見て、でもそこで声をかけたりはできなかった。いつもほとぼりが冷めたあと、なんでもないふりして話しかけてるけど──ほんとは陰口だって言い返してやりたいって、ずっと思ってる。自分にもう少し勇気があれば、って。ねぇ、気づいてるんでしょ?」
「何に?」
「小柴ちゃんにとっては違くても──『あたし』にとっては、『あたしたち』はずっと前から友達なんだってこと」
視線に射抜かれ、私は黙ってしまった。
その間に、かいざが腕を組んで、
「通って」
と、田村と大野に三度目の要請をする。
男子生徒二人組は、「お、おう」と、ようやく河川敷の先へ渡っていった。
「ったく、鹿島がいきなり呼びつけてきたせいだ」
という愚痴を、田村が最後にこぼす。
距離が離れるにつれて、やつらの話し声はどんどん小さくなった。
二人きりになったのを確認して、私はかいざに向き直る。
「かいざ?」
「なに」
「言いすぎ。あいつらにバレたらどうすんの」
そう言って、私はかいざの頭をぽんと叩く。
二本角のちょっと前、おでこの上あたり。
かいざは「はうぅ、ぺちぺちぺちぃだ」と声をあげて、叩かれた場所を両手で抑えだした。ほんと、なにやってんだ、と思う。ここで自分が異世界の変身ヒーローで、日野さんの身体は憑依されている状態だってバレたら、色々と取り返しがつかない。日野さんにだって、どんなに迷惑がかかるか。
と思いつつ。
『なにやってんだ』なのは、たぶん、私も同じだ。
「でも、ありがとう」
私はかいざにそう言った。
正直、いまは穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。学校で孤立してる自分にわざわざ声をかけてくれる友達にすら、私は素直になれないのだ。それを、異世界から来た、変な口癖の女の子に指摘された。なんなら説教された。
気づいてるに決まってる。
日野さんが、私のことを友達だと思ってくれていて──『小柴未来来の近くにいると変なことが起きる』って噂も、重々知った上で付き合ってくれてるんだってこと、くらい。
ただ、それでも、怖くて。
差し伸べられた手を、掴めなかっただけだ。
また、友達だと思ってた子が離れたりするのは、怖くて。
でも。
「……『ごめん』は日野さんに言う。だからかいざには謝らない。でも、友達に素直になるきっかけをくれて、ありがとう。これで、いいかな、私」
「うんっ」
かいざは組んだままだった両腕をほどいて、
「もちろん!」
と、首を右に傾けながら、笑ってくれた。
もちろん、おなじみの、間延びした声で。
そんな微笑ましい時間が終わるのは、それから五秒経った頃のことだ。
〈あとがき〉
最強タッグ結成、みたいなっ! ……未来来は特異点ですが、それでも本人曰くただの一般人です。これまでもこれからも。




