④─5 小柴未来来の邂逅
回想は終わり、ここからは『十年後』の話だ。
翌日であり、十年後。
あちこちにいる『私』に見つからないように時間をかけて、『未来来屋書店』という違和感しか見いだせないひどい屋号の場所に行くと、そこには、一人の成人男性がいた。
「やあ。はじめましてかな」
目が合うや否や、気さくに挨拶してくる。
童顔で、背は高くも低くもない。真っ黒な髪が目にかぶさっていて、前が見えづらそうだ。体型はしゅっとしてはおらず、着ている服装もラフなパーカーだった。
私は警戒心を緩めなかったけれど……、この人は少なくとも『私』ではないらしい。性別が違うし。
「あなたは誰?」
「話す前に、まずはこの本屋に入ってきてほしい。ここには結界を張ってある。外にいると、お互い色々と危険だ」
そう言うと彼は、『未来来屋書店』の中に入っていってしまう。
私もとりあえず、言われた通りにした。
だけどここでもう一つ、私は驚かないといけなかった──だって、その書店は、私の行きつけだった頃からとんでもなく様変わりしていたのだから。
「これって」
私は息を漏らした。
そして途中で言葉を失った。
入口すぐの本棚のラインナップは、こんなふうになっている。
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小柴ミラクルユニバース
小柴ミラクルユニバース2
小柴ミラクルユニバース3
小柴ミラクルユニバース4
小柴ミラクルユニバース5
小柴ミラクルユニバース6
小柴ミラクルユニバース7
小柴ミラクルユニバース8
小柴ミラクルユニバース9
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「は、え……」
私は驚きのあまり、何も言えなかった。
さっきの不思議な彼をおいて、本屋中を駆け回る。信じたくなかった。色んな本を、ここで買ったんだ。小説も漫画も、生活に役立つそのほかの本も。なのに、いま、ここには。
「……嘘でしょ」
ここにあるのは、すべて。
『小柴ミラクルユニバース』、という名前の本だった。
いや、それだけじゃない。私は適当な本を手に取って、中身をぱらぱらとめくってみる。すると──そこには、私が主人公の、私が色んなジャンルの冒険をする話が記されていた。
たとえば『小柴ミラクルユニバース』の第一巻には。
変身ヒーローものと、SF冒険ものと、学園ミステリーが。
たとえば『小柴ミラクルユニバース2』には。
学園ものと、アイドルものと、タイムループものが。
たとえば『小柴ミラクルユニバース3』には。
ラブコメと、カードゲームものと、ファンタジーものが。
それぞれあらすじの時点で記されている。
それらが普通の小説と違うのは──。
登場人物が、『小柴未来来』しかいないこと。
第一巻には、変身ヒーローをやっている中学二年生の小柴未来来が、世界を支配しようとしている小柴未来来と戦ったり、高校一年生の小柴未来来が、世界中に行動範囲を広げる小柴未来来と対決したり、高校二年生の小柴未来来が、小柴未来来が犯人の事件を推理したりする話が、収録されている、らしい。
「驚いたよね。でも、これがこの世界の現状だ」
後ろから声をかけられ、びっくりして肩を発たせる。
そこにいたのは、例の成人男性だった。
男性にしては長い髪の裏から、私を見つめてきている。
「残念ながら──。きみが寝ている間に、世界はこうなってしまったんだ。小柴未来来」
「あなた、誰?」
「終焔ぼうる。世界の『管理者』……きみたちの言葉で言えば、『神様』ってことになるのかな」
まぁゆっくり話そうよ、と、ぼうると名乗ったその彼は、パーカーの腹にあるポケットから大きなちゃぶ台を取り出した。
目を疑う。
明らかに、物理法則を無視している。
次にぼうるは、腹のポケットから湯気の立つお茶がたっぷり入った湯呑みとか、季節外れ(いまは三月だ)の、みかんとかを取り出した。
それらをちゃぶ台の上に置きつつ、彼は本屋の床に座った。
「まぁ、一緒に」
「…………」
渋々、私は指示に従う。
マイペースに湯吞みを口につける彼を、私は座って睨んだ。
「ぼくは終焔ぼうる。きみたちの世界を創った神様で、変なことが起こらないよう『管理』する役割がある。変なことって言うのは、たとえばいまみたいなことだね。世界がぐちゃぐちゃになってる」
「よ、よくわかんないんだけど」
「世界は元々、『創られる』ものなんだ」
私の疑問を無視して、彼は語った。
いや。
もしかしたら、彼なりにうまく説明する術を模索しているだけ、なのかもしれないけれど。
「厳密には全然違う話なんだけど、ぱぱっと説明するためにはこんな話を援用しないといけない。きみは、『シミュレーテッド・リアリティ』という概念を知っているかい?」
「う、うん。知ってるけど」
シミュレーテッド・リアリティ──たしか、超高性能なパソコンか何かで、私たちの生きるこの現実と全く区別がつかない『現実のシミュレーション』を送ることについて考える概念、だったはずだ。
もっと言えば、私たちの生きるこの『現実』すら、単に脳をパソコンに繋げるなり超高性能な五感再現機能を使うなりして、シミュレーションしているだけかもしれない、という──。
「まさに。きみたちにとっては、まさにそんな感じなんだよ。『小柴ミラクルマルチバース』は、元々ぼくの創った世界だ」
ぼうるはみかんの皮をむき始めた。
指を、器用に扱いながら。
「あなたが、こんな世界を創ったってこと?」
「厳密には少し違うね。ぼくが創ったのは──昨日までのきみが過ごしていた、平和なんだか不和なんだか、安穏なんだか剣呑なんだかよくわからない普通の世界だ。いまの、『小柴ミラクルユニバース』とでも言うべき、『小柴未来来が異常発生している世界』を、ぼくは創っていない」
ぼうるは物欲しそうに湯吞みに両手を巻いた。
末端冷え性なのかもしれない。
「シミュレーテッド・リアリティのたとえは少し違ったかも。無理にSF色を出そうとして、失敗したかな……。単に、ぼくはきみたちの世界を創った神様なんだ」
「それ、どうやって信じたら?」
「そういう話になるよね。じゃあ、これを見て」
ぼうるは、腹のポケットから一冊のノートを取り出した。
そこに書かれていたのは、
『【ジャンル:バラエティ】──小柴未来来はただの一般人である。ただし少しだけ、人より『異世界の影響』を受けやすいものとする。──私たちの生きる退屈な現実世界を、変身ヒーローが。宇宙パイロットが。超能力探偵が。時に真っ直ぐに。時に捻くれながら。かき乱す!!──友達と悪の組織の幹部を倒したり、──後輩の恋の悩みを聞くついでに世界の危機を救ったりする日々──だけど、『世界』ってなんだ?『人間』ってなんだ!?作者的にはすべての人に届けたい、超現実・青春オムニバス・ストーリー!』
というような、文章だった。
……なる、ほど。
「信じてくれる? ぼくが、きみたちの世界の『管理者』だっていうこと」
「仕方ない、ね」
半分投げやりで、私はその結論を受け入れた。
なんだそりゃ、という気持ちはままある。けれど、
「『管理者』ってことは、あなたはあくまで『世界を創った』だけなんでしょ? そこで何が起きるかは、私たち任せだった」
私の言葉に、ぼうるは頷いた。
察しがいいね、と。
「そうだよ。どんな生まれ方だろうが──きみたちの物語は、きみたちが考え、きみたちが行動し、きみたちが育んできたものだ。ぼくは関係ないぜ」
ぼうるはまた、湯吞みからお茶を啜った。
こいつ、水飲みすぎだろ。と思って眺めていると、
「飲まないの?」
と、呑気に勧められた。
「…………」
渋々、私も口をつける。
あ。なかなかおいしい。熱くて。
「それじゃあ答え合わせをしようか」
ふいに、ぼうるはそう口走った。
答え合わせ。
「なんのこと?」
「決まってるじゃあないか。どうして世界がこんなふうになったのか──ううん、それだけじゃない。きみたちの世界が、なぜ異世界と繋がりやすいのか。その一端を話すんだ」




