友愛と夢のエピローグ
朝になって、目が覚める。
安価で買った中古のベッドは、今日も寝心地が悪く、私は起きた瞬間から腰を痛めていた。
「……はぁ、そろそろ買い替え時かな」
と、ひとりごとを言う。「買い替える意志だけはあるんですよー」と、誰かにアピールしているみたいだ、と自分で思った。もっとも、うちにはベッドを買い替えるだけのお金なんてないし、私の近くに誰かいるわけでもない。
ロケットパンチで起こされることもなく、私はシーツの上でもぞもぞと動いて、まずは自分のスマホを見た。
こんなメッセージが届いていた。
『←こんなの送ったっけ⁉ ごめん忘れて!』
送信主は日野さん。トーク画面を開くと、その前にはこんなレスが来ている。
『本当にありがとね、最後までぺちぺちぺちぃだったよ!』
とのことだ。
「……あー」
ちょっと切なくなっちゃった。このメッセージを送った人物がもうこの世にいないと思うと、しんみりする──そう言うと、まるで死んだみたいになっちゃうんだけど。
そうじゃない。
昨日の夕方、愛夢かいざは自分の世界に帰ったのだ。
「すごいよしばっち、あの転香を倒しちゃうなんて!」
北閥丸神社の境内。かいざと私は、向かい合っている。
脇には、本家『カスミザクラ』ことかいざの能力で出した蔦で、ぐるぐる巻きにした、鹿島先生──もとい、怪人『転香』がいた。
あの踵落としで、文字通り、転香は憑き物が落ちたように元の姿に戻った。怪人態から人間態に戻った。私はこいつが気絶している間にぼこぼこに殴りつけ、行動不能にしたあと──公演が終わった直後のかいざに抜け出して来てもらい、厳重に拘束してもらったのだった。
招待された公演の途中で姿を消してしまった鹿島先生が、今後どれだけ学校に居づらくなるかは想像できない。まぁ、いい気味というくらいに思っておこう。
「たまたまだよ、意識を失わせられたのは数分だったし。かいざや日野さんががんばってくれたおかげ……」
言葉の途中で、こちらに注がれる視線に気づく。
蔦でぐるぐるに縛られた転香が、胡坐をかきながら私の顔を見上げてきていた。
「……あいにく、水やりは好きでも水を差すのは好きじゃない」
目が合うとそう言って、そっぽを向いてしまう。
こいつも最後まで面倒なやつだったな。
「もう、帰っちゃうんだよね?」
「うん、名残惜しいけど。元の世界の仲間は、きっといまも戦ってるはずだから」
かいざの返答に、「そっか」と目を伏せる。
帰るには、あちらの世界から転送してもらった『次元超克装置』を、『特異点』である私のそばで起動する必要があるのだそうだ。それは、じつはもう昨日の段階で届いてたらしいんだけど──私が気負わないように、かいざは黙っていたらしい。
こっちはこっちで、最後まで泥臭い女の子だ。
『次元超克装置』は、大きめの段ボールくらいのサイズの機械だ。メタリックなそれは私たちの足元に鎮座していて、とても神社の風景とは親和性がない。
だから、本当に帰っちゃうんだなと、実感がわく。
私がさびしく思ってると、
「あのねっ!」
と、かいざが話しかけてきた。
ゆらっ、と首を揺らしながら。
「結構前になるのかなぁ。明保ちゃんとしばっちが、この神社で一緒にお祈りしてたときあったでしょ?」
「うん、あったけど」
「あのとき、わたしもお願いしてたんだぁ」
かいざは照れくさそうにはにかんだ。
ダンス部の特別な衣装を着たまま。
「『オサイセン』っていうのはよくわかんなかったけど、なんだかお祈りしてる雰囲気だなと」
「さすがだね。何てお願いしたの?」
かいざはとびきりの隠し玉でも出すみたいに、会ってから一番の、でっかいおにぎりをほおばる子どものような笑顔を見せた。
それは、たしかに。
私の心模様を、快晴にしてくれるような言葉だった。
「『また未来来ちゃんに会えますように』、だよっ!」
かいざの言葉を聞いて、私は少し、笑った。
なるほど。
じゃあ、大丈夫か。
それからはまた、普通にしばらく話した。普通の、ただの一般人の友達同士としての会話を。こっちの食べ物で何が気に入ったとか、ダンスは楽しかったかとか、公演のときよく踊れてたよとか、そういう話を、たくさん、うんざりしてしまいそうなくらいに。
しばらくすると、私たちは『次元超克装置』を起動させた。
ホログラムが投影されるみたいに、青色の仰々しいゲートが眼前に浮かぶ。
二人がこれを通り抜けると、かいざは日野さんに、転香は鹿島先生に戻るらしい。
どこかこらえるような笑顔でそこを通り抜けようとする友人へ、私は投げるように声をかけた。
「じゃあ、がんばって」
私の友人は、にかっと笑って、
「うん、がんばる」
と、首を、ゆらっと。
片方は自分の足で、片方は引きずられて、ゲートをくぐる。
すべてが終わったあと。
私は、少し泣いた。
「誰も覚えてないんだよね」
そう思うと、少しだけさびしい。
自室のベッドで、つぶやいた。
私があの友人と過ごした時間は、どこにも証拠を残さなかった。始まりとなったあの手紙や不便な郵便受けも、かいざと転香が帰ったら、きれいさっぱり消えてしまった。どういう原理なのか、ホールの壊れた天井も、全くの無傷に戻ってしまったらしい。
「……まぁ、私は覚えてるのか」
つくづく変な体質だ。『異世界からの影響を受けやすい』──自覚はあったけど、まさかここまで妙な事態に発展するとはね。
でも、よかった。忘れなくて。
「さて」と、私は起き上がる。今日も、昨日までタイトな納期での製品制作に励んでくれた、わが愛すべき弟に、朝ご飯を作ってやらないと。
いつものように、私はキッチンへ向かった。もうこの世にいない友達に、思いを馳せながら。
全く人騒がせな変身ヒーローだった。
奇抜な仮面で本心を隠して、そのわりに人懐っこくて。
だけれどもそんな友人に、素晴らしき未来があることを、私は願わずにいられなかった────────────────────────────閉幕。
〈あとがき〉
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
次回から高校一年生編です。
第二話の連載開始まで、しばしお待ちください!
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