①─9 夢─イメージ─
〈まえがき・タイフーン風砂〉
子ども向け特撮番組『タイフーン戦士・風砂』の主人公・時和風砂が変身するヒーローの名前。風の力が宿った剣で戦う。
同番組は主演を務める新人俳優・佐橋漣の柔和なスマイルにより一躍主婦の人気を集めたが、本編のテーマがシリーズの原点回帰を目指していることから、元々のファンを含めた老若男女に愛されることとなった。
来週、最終話。
翌日。
またもやメッセージアプリで『日野さん』から誘いを受けた私は、提案された場所に向かいながら、昨日のことを思いだしていた。
「ふぁ……日曜の朝六時から呼び出さないでよ」
あくびまじりに、一人で愚痴る。
昨日は、私が『カスミザクラ』に変身した──夢のような話だけど、夢じゃなかったと思う。現に、一部の人は、怪人やヒーローを目撃したと噂を立てているみたいだ。SNSで検索してみると、あの怪人たちやカスミザクラを、『タイフーン戦士』シリーズの新しい作品の撮影が始まったんじゃないかと解釈してる人も多かった。普段の姿はこの世界の人と同じように見えても、変身すると話が変わるらしい。
かいざの話では、そもそも自分たちの侵入はこの世界にとってイレギュラーなことなので、異世界人がすべてもとの世界に帰れば、その影響や記憶もきれいに消えてしまうらしい。つまり、怪人がいくら暴れたり目撃されたりしても、そいつらを倒してもとの世界に送還すれば、壊された建物や負わされた恐怖もなくなる、ということだ。
それでも、殺された人だけは、もとには戻らないらしい。
「だから、怖かった」
戦闘のあと、気絶したままの田村と大野を放置する横で、かいざは変身を解除した私に語りだした。
気まずそうに、目を背けながら。
「未来来ちゃんが死んじゃって、わたし、どうしたらいいのかってパニックになっちゃって。わたしのせいだ、って。こんなことなら巻き込むべきじゃなかったって」
「そりゃ私もびっくりしたけどさ、生き返れたんだからいいじゃん」
「よくないよっ!」
かいざは怒って、強い語調で私を睨みつけた。
うん。
まぁ、私が逆の立場でもそう思うから、あのとき羽交い絞めから助けようとしたんだもんな。
色々と気になることはたくさんあるけど、もう絶対に無茶しないで、とかいざに注意された。私はへいへいとその言葉を受け流してしまったけれど、よくない態度だったなと思う。まだ、正面から心配されることには慣れてないみたいだ。
しばらくしてから、私はかいざに一つ質問をした。
「ところで、さっきからちょくちょく私のことを『未来来ちゃん』って呼んでるけどさ」
「ん? うん」
「『しばっち』じゃないの?」
そう聞くと、かいざは「え?」と明らかに素の表情を出して、
次に、「あ」と大きく息を漏らした。
……やっぱり自分じゃ気づいてなかったらしい。
「なっ、ななな、なんのことかなしばっち! わたちは最初からしばっちのことをしばっちって呼んでたけどね! そりゃもうばっちりだったよ、しばっちの気のせいじゃないかな!」
「キャラ、作ってるんだ」
私が指摘して、かいざが梅干を食べたみたいな顔で「ぺちっ!」と、よくわからん声を出したときのことだった。
かいざのポケットから、ジャーンジャーンと、エレキギターの音が鳴ったのだ。
毎週見てるからわかるんだけど、それは『タイフーン戦士・風砂』のOPだった。ポケットからそれが鳴るってことは、着信音かアラームのどっちかだろう。日野さんはキッズ番組に興味がないはずなので、公演の合わせを意識しているらしい。
「あーっ!」と、我が意を得たりとでもいうようにわざとらしく、かいざは声をあげた。
「ごめん、しばっち! もうすぐ門限だから、帰んないとやばい」
「も」門限?
正義の変身ヒーローが?
「うん。うちのお母さん、いつも優しいんだけど、門限破ったときだけめちゃめちゃ厳しいんだって。だから帰んないとっ」
「ちょ、ちょっと待って」
「そういうわけだからっ。色々ほんとにありがとう、でも無茶したらダメだよ! じゃあねっ」
そう言って、かいざは風のように河川敷を駆けていった。
……で、今日に至るというわけだ。
「ここか」
自宅から歩き続けて、私はようやく目的地に到着した。
大きく、薄赤い鳥居のあしが、私を出迎えている。
ここは、北閥丸神社だ。
私たちの通う、市立鏡ヶ丘中学校の裏。そこにある小ぶりの山を越えた先には、この自然豊かな神社がある。どんな神様が祀られているのかはよく知らないけど、安産祈願だの恋愛成就だの、好き勝手につけられた尾ひれの数は目を見張るほどだった。鏡ヶ丘の生徒には気に入られてるスポットで、平日なら、地域の人がサボタージュついでの学生を目にすることもあるという。
そんなこの場所に、なぜ私を呼び出したんだろう──。
辺りは一見誰もいないようだったけれど、草陰から物音がした。「ん?」と思っていると、そこから一人出てくる。
そして声をかけられた。
「あ、小柴ちゃん」
その声を聞いて、まさか、と私は思った。
小柴ちゃん──『しばっち』でも『未来来ちゃん』でもなく。
直視する。そこにいたのは、日野さんだった。
日野さんの姿をした愛夢かいざ、じゃなくて。
日野さんの姿をした日野明保──だ。
「来てくれたんだね、ありがとう」
「う、うん」
戸惑ってる中、私は問いかけに応じる。
一瞬、私とかいざのことがバレたんじゃないかと思った。あんなことがあって昨日の今日というのもあるし、そもそもそれ以外で、日野さんが休日にわざわざ私を呼び出す理由が思いつかない。
でも、見てると、そんなふうじゃない。
日野さんは、七月の汗を流しながらここまで来た私に対して、にこにこと口角を上げている。
となると、考えられる可能性は一つ。
日野さんが──『友達』として、普通に私を誘ってくれたんだ。
「はじめてだよね、休みの日に会うの」
そう問われて、私は頷いた。学校ではポニーテールにしていることが多い日野さんだけど、休みの日はリラックスして、後ろ髪はそのまま流しているらしい。可愛かった。
かいざに聞きたいことはたくさんあって、戸惑ったままだけど。
誘ってもらえたのは……ふつうに嬉しいな。
「恥ずかしい話、いままでも何度も小柴ちゃんを遊びに誘おうって思ったんだけど、あたし、自分から誰かに連絡するのって意外と苦手なんだ。だけど昨日の夕方──いつも通りダンスの練習をしてたら、なんとなく勇気が湧いてきたの」
日野さんはそう語りながら、両手を後ろに回して私に近づいてくる。
微笑みながら。
「……ここへは、何しに来たの?」
おそるおそる尋ねる私に、日野さんは「うん」と背を伸ばした。
「ちょっと、あたしの事情に巻き込んじゃってごめんなんだけど。再来週にさ、うちのダンス部は『タイフーン戦士』の公演に出ることになってるんだ。みんなも招待されてるやつ」
「うん、それは知ってる」
「でね、あたしはそこのセンターで踊るの」
「それも知ってる」
「まじ? 小柴ちゃん、意外とあたしのファンだったりして」
日野さんはいたずらっぽく笑ったけど、今更否定することもなかった。私は日野さんが出てる大会を、一年の頃から全部観に行ってるのだ。
本人に言ってないだけで。
「とにかく──その公演がうまくいきますように、って祈りに来たんだ。日曜の朝六時に来ると、武道上達のご利益があるんだって。でも一人じゃ心細くて……友達にそばにいてもらいたかった。わがままでごめんね」
「ううん、そんなこと」
「あたしね、弟がいるんだ」
少し食い気味に、話題が変えられる。
急に俯いた日野さんだったけれど、それでも私はこの子より背が低いから、表情がわかった。沈痛な面持ちだ。
暗い笑顔で、日野さんは言った。
「その弟が、もうすぐ死ぬ」
──脳みそがひっくり返るような衝撃があった。
日野さんに弟がいて、
その弟くんが、死ぬ?
「うん。いわゆる難病で、一年前に余命宣告されてる。もってあと三年って話をされた日から、もう一年経った。あたしの小学四年生の弟は、中学生にはなれないんだ」
「そんな……」
「ね。すごく悲しいし、めっちゃ悔しい。でも、だからこそ、このまま立ち止まってたらダメだって思ったんだ。一年前の今日に」
蒸し暑い風が蝉の声を運んでくる。日野さんは後ろ髪を軽く抑えて、顔を上げ、遠くの空を見た。
私にとっての一年前の今日は、なんでもない一日だった。
今日は日曜日だから、一年前の今日は金曜日のはず。金曜日のダンス部はオフ。私はいつものように、教室で居場所をなくして、クールぶって一人で帰ろうとしたところを、元気な日野さんに止められて、一緒に帰ったはずだ。
全然、気づかなかった。
というか、気づかせなかったんだ。
自分の抱えるもので、人に心配をかけさせたくないからって。
「来年の秋には、延命治療のための手術がある。だからそれまでに、あたしはもっともっとダンスがうまくなりたいんだ」
その言葉が何を意味しているのかは、聞かなくてもわかる。
中学校ダンス部選手権大会。
全国の中学ダンス部が目指す、その晴れ舞台のテレビ中継で──日野さんはセンターを張ろうとしているんだ。
気づけば、日野さんはもういつもの晴れやかな笑顔になっていた。
「言ってあげたいな、って。おねえちゃん、小さいころあんなにダンス下手だったけど、がんばったらここまでいけたんだぞって。だから、いーちゃんも負けるな、がんばれって」
「…………」
「それでね、いつかはそんなふうに、弟だけじゃなくて、たくさんの人を勇気づけたい。そんなダンサーに、私はなりたい。それが、私の夢だから」
私の気持ちを切り替えるスイッチを押すみたいに、日野さんは元気な声で「行こっ?」と手を取ってくれた。
そのまま、神社の中に入っていく。
階段をのぼりながら、二、三言会話をした。
「ごめんね、付き合わせた上に重い話しちゃって」
「い、いや大丈夫。その、友達だし」
「たしかにね──あたしたち友達だし、って、え?」
先を歩いていた日野さんは、私の言葉に、きょとんとした顔で振り返った。
「小柴ちゃん、いま『友達』って言った?」
「そ、そう……、友達。一年生の頃からクラス同じだし、何度も一緒に帰ってるし」
私の挙動不審な受け答えを聞いた日野さんは、意外にも、
「そっか」とだけ返してくれた。
ほんのり、嬉しそうに微笑んで。
ここではしゃいだりしないのが逆に日野さんらしいけど──それはそれで、ちょっと照れくさい。
石でできた怪談を、一段ずつ踏みしめる。やがて本殿のすぐ前に到着した。いまより小さいころは、お賽銭箱と鈴がある場所としか認識してなかったものだ。
「えっと……、よし、小銭あった。小柴ちゃんのも出すね。お賽銭はいくら入れる派?」
「私は五円玉だけ」
「そっか。あたしは百十五円」
好いご縁、ってやつだろうか。
日野さんは漫画のキャラクターが描かれた小銭入れを覗いて、小銭を四枚取り出した。
夏の朝。太陽が昇り切っていないおかげで、少し心地いい。
「はい、五円玉!」
「ありがとう。……それ、『音楽探偵バッハ』の?」
私は日野さんから五円玉を受け取りながら、彼女の小銭入れを見て声をかけた。『音楽探偵バッハ』。週刊漫画誌で大人気の、三話完結ミステリー漫画だ。私もなけなしの貯金を切り崩して、毎週楽しみに読んでいる。
「え! そうだけど、小柴ちゃんも好きなの?」
「う、うん。私はシューベルトが好き」
「うわー、わかる! 最新話とかシューバハ派にはアツかったな」
原作を読んでるのに全然聞いたことない単語が出てきた。
シューベルト×バッハの略か、もしかして?
「お互い、まだ知らない部分がたくさんあるんだね」
日野さんにそう言われて、私は頷く。いままで一緒に長い時間を過ごしたと思ってたけど、まだ知らない部分はたくさんある。
世界が違えば価値観も違う。
違う価値観の相手には歩み寄る、か。
「さて! 小柴ちゃんは何をお願いする?」
「内緒」
「むー、水臭い。あたしはね、『今度の公演で披露するソロパートが成功しますように』だよ」
「ソロパート? そんなのやるんだ」
「うん。『タイフーン戦士』の主題歌の間奏で、センターのあたしが前に出て三連続バク転をやるんだ」
三連続バク転。
「──それって結構、難しいんじゃ?」
「うーん。イメージは完璧なんだけどね……よっ」
そこで急に、日野さんはバク転をした。
お賽銭箱の前の、階段上の石畳で。
今後そんなこと絶対にするなよと思うけれど、そんな倫理的なツッコミを挟む余地がないくらいに、その動きは綺麗だった。流れるように、地面に着いた両手が軽々と空へ向かい、高速で回転する。
すごいな。
これが人間の動きなんだ。
しかしそのバク転は、二連続で止まってしまった。
三連続、とはいかず。
「──よっと、こんな感じ。イメージはできてるんだけど、まだ身体が追いつかなくてさ。腕とか脚とかのリミッターが外れてないって感じ」
「そうなんだ、十分すごいと思うけど……」
「うちは強豪だからね、このくらいはできないと」
元の位置に戻ってきた日野さんが、小銭をお賽銭箱に「えいっ」と放り投げたので、私も準じた。
神様に、五円玉をあずける。
今後、どこかで五円分くらいの得がありますように。
日野さんと一緒に鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼をした。お辞儀を二回、手を叩くのを二回、手をくっつけてお祈り。そのあと最後に深いお辞儀をした。
全部終わってから隣を見たら、日野さんはまだお辞儀をしていた。
とても、深く。
まるで本当に、誰かにお願いしているみたいに。
「……ごめん」
私は小さく呟いた。やがて、日野さんが顔を上げる。
「さて、ありがとね小柴ちゃん! じゃあこれから、二人でおいしいミルクティーでも──」
「かいざ、出てきて」
私のその言葉で、場の空気は一気に変わる。それだけじゃなく、相手に宿っている人格も変わった。さっきまで明るく笑っていた日野さんの身体が、ゆらっ、と──力なくうなだれる。
よかった、空振りにならなくて。
日野さんの代わりに、そこに出てきたのは愛夢かいざだった。
〈あとがき〉
日野さんの事情と、二人の日常。バク転ってできたことないんですが、見るとカッコいいな~と思います。
そして、この回が更新二日目です!!
一日目に読んでくださった方ありがとうございます!!想像以上に多くの方に読んでいただけて感激でした……。
「友愛と夢のクロスオーバー」はスピード更新で完結する予定です。なろうのアカウントを持っている方はブクマ等で、お持ちでない方はX(@mukotsu_tomiya)のフォロー等でお付き合いください!! よろしくお願いします!!!