第89話 王城の戦い 2
投稿が大幅に遅れてしまいました。申し訳ありません……
「……逆賊か。それは、権威者に逆らうお前たちこそが負うべき名だ」
ネルヴォラニアの言葉を切って捨てたキシュルが、膠着状態のあいだに用意していた超加重の魔法を解き放った。渓谷での夜襲の際にも用いられ、一時はユリエッティらを行動不能にまでした不可視の圧力域が執務室全体に発生する。
「うぉぉぉおおやれるやれるてゃならやれる唸れてゃの右拳ぃ!!」
「フンッッ!!」
その瞬間に声援と咆哮とが響き、今一度ユリエッティの拳がキシュルへと突き立てられた。狙ったのは胸部、またも異様な強度の防護魔法こそ貫けはしなかったものの……超加重の魔法はその威力を発揮する前に、あえなく砕け散った。
「……二度は通じないか」
悪態をつくキシュルへと追加の左拳が迫る。
先の魔法を察知したムーナが、繋いだままの遠話器ごしに発した、ほとんどただの吐息のようなサイン。それを受け取ったユリエッティの一撃こそが合図となり、各々が一斉に動き出した。
「──よっ、と」
ムーナがネビリュラの背から降りるのと同時、ファルフェルナが強引に前方──ナルグへと一歩踏み込む。ナルグが杖と魔法とで抗する傍ら、残った私兵らとバルエットが王女二人へ迫る。ネビリュラと左右に分かれてそれを迎撃しながら、ムーナは声をあげた。
「そいつたぶん変なエンチャ貰ってるぞっ!」
「ええ、私の拳では破壊できない……キシュルによる強化でしょうね」
『岩巌古竜』や果樹園管理者の女と似たような、身体に施された呪いにも近しい魔法。破壊できるのはユリエッティのみで、その当人はいま再びキシュルとの攻防を繰り広げている。ムーナが知るよりもさらに鋭さを増したナルグの杖さばきが、ファルフェルナの拳をもう幾度か弾いていた。
「ふむ、中々のやり手。体術で言えばキシュルよりも遥かに上なのでは?」
「その体術がさして役にも立たないというのは、あのユリエッティなる女を見ていれば分かるだろう」
細まった杖先での刺突、持ち替えを兼ねた横薙ぎ、膨れた頭部での殴打。それらに牽制の魔法まで混じえたナルグの攻撃を一切合切さばきながら、ファルフェルナが軽い調子で言えば、ナルグは表情ひとつ変えずに返す。後方でのキシュルとユリエッティの攻防──ユリエッティの拳の全てがキシュルの防護魔法に防がれているさまを揶揄しながら。
「いえ、逆でしょう。魔法を撃てども撃てども破壊される、それが魔法師にとってどれだけの苦痛か」
「並の魔法師であればそうだろうが、なっ」
少しの勢いとともに、ナルグの杖頭から拘束捕縛の光輪が放たれた。キシュルのエンチャントを強く受けたそれは自身の拳では砕くことができないと、分かっていてファルフェルナは回避を選択しない。後方にはヴィヴィアとネルヴォラニア、万一を考えれば彼女らが拘束される事態は避けるべきだろうと。
「ふむ──む?」
ほとんどゼロ距離での攻撃。直撃を確信したナルグは、しかし次の瞬間には一息漏らす。拘束されたのはファルフェルナの纏っているローブのみだった。
「──シッ」
光輪に捕らわれたローブを目隠しにするかのような、超低姿勢からのアッパーカットが繰り出される。この捕縛の魔法は生体に反応するタイプであり、衣服を囮にするような回避はまず不可能なはず。そう考えていたからこそ、ナルグはファルフェルナの反撃を躱すことができず。
「ぬ゛、ォ……!」
顎を揺らされながら、斜め後方へと殴り飛ばされていった。ちょうど、現王アーヴァルカイドの頭上の天井に顔面から突き刺さる。この期に及んでまだ座したままのアーヴァルカイドが、破片を浴びながら溜め息をついていた。
キシュルのエンチャントを破壊はできずとも、それをものともしない圧倒的な威力でもって捻じ伏せる。『岩巌古竜』に対するものと同じような手法で、ファルフェルナはナルグをあっさりと戦闘不能にした。足元には、取り落とされた鈍器のような杖が転がるばかり。
「一応私、縄抜けとかもできますのでね」
「それ理由になってんのか、よっ……とぉ!」
通算二人目を斬り伏せながら、振り返りもせず叫ぶムーナ。こちらが雑兵を二人倒すあいだに、強敵と見定めていたナルグを天井のオブジェに変えてしまった。もう何度目かファルフェルナの力量に驚きながら、二人同時にかかってきた別の私兵たちの剣をさばく。
「助けは必要です?」
「いや、ユリのほうをっ!」
言う間にネビリュラも尾で二人まとめてはたき飛ばしたところ。残る相手は四人とバルエット。ナルグが離脱したことで指揮も乱れている。追加で一人の腕を切り飛ばしつつ、ムーナは獣耳をせわしなく動かしていた。
「あいさー」
一度だけちらりと振り返り、王女たちも頷いたのを確認してから、ファルフェルナはユリエッティのほうへと向かっていく。広いとは言え一室の中、二歩の跳躍で師弟が並ぶ。それを音で聞き届けつつ、ムーナは隻腕になった私兵の男を蹴り飛ばした。残りは三人とバルエットのみ。
「くそがっ……!」
髪型や顔の輪郭だけならユリエッティと同じ血筋と分かるバルエットだが、最初にネビリュラに轢かれかけて以降やっていることといえば、距離を詰めずに魔法を飛ばすばかり。キシュルの手前ヴィヴィアを傷つけるわけにもいかず、かといって精密さと威力を両立できるでもなく。また、ナルグのように強力な捕縛魔法を扱えるでもなく。なによりも、兵たちが倒れるごとにその姿勢は及び腰になっていく。仮にもユリエッティと似た面影の存在がそのような姿を見せることに、ムーナは少しばかり苛立っていた。
「アンタ、ユリの兄貴……だよな?」
「俺に妹はいない……!」
「そっか、なら安心だわ」
家名の剥奪に貴族社会からの追放まで揃えば、そのような返答にもなるのだろう。
また一人、光弾の魔法で吹き飛ばしながら、ムーナは剣の先をバルエットへと向ける。
「チィっ……舐めるなよ……!」
兵たちをけしかけ、その間に転げるようにして立ち位置を変えたバルエットは、ナルグのものである頭の膨らんだ杖を拾い上げた。杖に施された魔法を補助する魔法機構、それを引き出せる程度には、バルエットもキシュルによる強化を受けているのだろう。ムーナと王女二人を見据え、広範囲の捕縛魔法を発動しようと杖頭をかざし──
「──ぐぉわぁっ!?」
横からネビリュラの尾の一撃を受け、壁に叩きつけられた。暴発した魔法がバルエット本人と、まったくの偶然にもアーヴァルカイドを掠めて捕らえ、それでもなお現王は追加の溜め息をこぼすのみ。杖とエンチャントに頼って放った魔法は本人にも解除することができないようで、無数の光輪で全身を縛られたバルエットは部屋の端で悶えていた。
「……バカなのか? コイツ」
「……たぶん、そう」
もうすでに残りの私兵二人も無力化しており、ムーナとネビリュラは改めて王女たちの無事を確認する。下手に迷惑がかかるくらいならと一歩も動かずにその場に佇んでいた王女二人、ヴィヴィアはもう知っているとして、姉も大概肝が座っているとムーナは感心していたが……そのネルヴォラニアはといえば、いましがた短く言葉を発したネビリュラのほうを見ていた。
「……貴方、話せるのですね」
「………………………………スコシ、コトバ、ワカル」
詮索されることを嫌ってか、“知能の高めなモンスター”を装うネビリュラ。モンスターとして追われる日々を送っていた彼女が一般テイムモンスターのふりをするその様子に、ムーナも思わず吹き出しかけていた。




