第66話 準備期間 3
ヴィヴィアの心身も回復し、いよいよ出立の時も近づいてくる。火と夕餉を囲みながら、四人は旅程の最後の詰めを共有していた。
「──やはり、国境の関門を正面から越えるのは難しいと思われますわ」
数日前、ムーナが顔を隠してアルベーラの街へと偵察に行ったのだが……長居もせずほんの少し様子を窺っただけでも、ユリエッティとムーナの顔が指名手配犯としてそこかしこに張り出されていたのが確認できた。首都付近だからというのもありはするだろうが、ともかくやはり、人目は極力避けなければならない。
当然ながらユリエッティらの素性──ヒルマニア王国から移住してきた冒険者だという点も割れているし、第一王子や兄バルエット卿経由で、ユリエッティが元王国貴族でヴィヴィアと親しい仲にあったという部分も筒抜けだろう。その腕っぷしや冒険者としての功績も同じく。
ヨルド国内に味方がいないのであれば、強力な護衛をつれてヒルマニアへと自力で帰還する。その選択肢を敵方も想定していないなどと、ヴィヴィアには楽観できなかった。元首キシュルの命のもと、国境にまで厳戒態勢が敷かれる可能性も高まってくる。それは、逃亡期間が伸びれば伸びるほどに。
「……どっちにしろ、身分証もない王女様は関所を通れない。ついでにワタシも」
ネビリュラの言う事情もある。流石に国境を守る関所ともなれば、首都の時のような強行突破も困難だろう。であれば、手段は一つ。
「と、いうわけで。予定通り関所のない地点を通り抜ける方向で行こうかと思いますわ」
関所のない、つまり関門を設置することができないほどに危険な地帯を踏破するという案。
ヒルマニアとヨルドの境目には数か所、地形や生息モンスターの関係で人員を常設できない地点がある。ヨルドの危険区域以上に凶悪なモンスターのひしめくジャングル、北方に聳える常冬の山脈など……それらは、ほとんどの者には足を踏み入れることすらままならず、高位の冒険者ですら突破の困難な天然の国境壁。ヒルマニアからヨルドへの移住の難しさに喘ぐ者たちですら、通り抜けようなどとは考えない、ちょっとした魔境。しかしそれは逆に言えば、今いる“禁止山林”等と同じく追っ手の目から逃れられるということでもある。
「勿論、あまりにも危険なルートは避けますわ」
「ええ、その辺りはエティの眼識を信じます」
ユリエッティとムーナの実力は今や冒険者の中でも最高位に近く、その二人の目をしてもネビリュラの頑健さ、生存能力には文句のつけようもない。この布陣であれば、経路をしっかりと吟味すれば、ヴィヴィアを護衛しながらの踏破も不可能ではないはず。これまでの冒険者生活で得た知見と肌感覚から、ユリエッティはそう判断していた。
「やっぱネビリュラについてきてもらうのは正解だったなぁ」
「ええ、ええ」
今日もまたスープをおかわりしながら、ムーナがしみじみと呟けば、ユリエッティも深く頷く。
どうもネビリュラは、特異な存在であった父親の因子かあるいはやはりドラゴンとしての性質が強いためか、モンスターどもから警戒され避けられる傾向にあるようで。ユリエッティらが彼女と共に過ごすうちに気付き、本人もそこで初めて自覚した強者たる特性。
それは危険区域にいるような凶暴化した個体が相手でも同様で、だからこそ危険地帯は彼女にとって住み良く、しかもそれは、成長に伴って強まっているようにも感じられた。そんなネビリュラの性質もまた、危険な国境地帯を越えるに際し役に立つ可能性は高い。
「……まあ、いないよりはマシだと思うけど」
当の本人は、憎まれ口と共に小さく鼻を鳴らしていたが。この仕草はある種の照れ隠しなのではないかとヴィヴィアは密かに思いつつあったが、まだそれを口に出して指摘できるほどの間柄ではなく。けれども一つ、ネビリュラについて彼女にも分かることがあるとすれば──それは、凶暴なモンスターすら恐れるような力を秘めていながらも、それを無闇に振り回すような真似はしないという点。ユリエッティから聞くところによると、自身を討伐しようと迫る冒険者たちを相手にしてすら、自衛のための迎撃に留めていたという。力を自制できるというのはつまり、知性の表れそのもの。
世の中には本当に話の通じない相手も存在する。そのことを身をもって思い知ったヴィヴィアだからこそ、ネビリュラの振る舞いはその全てが理知的なものとして目に映っていた。
「ありがとうございます、ネビリュラさん」
だからヴィヴィアは折りに触れ、謝意を伝えるという形でコミュニケーションを取ろうとする。まだ見た目からくる威圧感に完全に慣れたというわけではない。しかしそれでも、と。それはユリエッティが信頼している相手だから、というのも勿論あるのだが。
「……別に」
対するネビリュラは、またしてもふすと鼻を鳴らすのみ。見守るユリエッティの微笑みは柔らかく、ずず……とムーナがスープを啜る音は極めて気楽なものであった。
◆ ◆ ◆
「──ぁ゛っ、ふうぅ゛…………っ、う゛っ♡」
そして夜も深まった頃合い、三つめのテント内にムーナの嬌声が鳴る。
普段は三人で眠っている第二テント(と最近呼ぶようになった)ではヴィヴィアが一人寝息を立てており、それを囲むようにしてネビリュラの第一テント(この中ではネビリュラが野営生活の第一人者であるため)と、最近新設されたこの第三テント(ムーナはヤリ部屋などと呼んでいる)がほぼ隣接する形で張られている。だもので隣人の安眠を妨げないようにとムーナは必死に口を抑え、ユリエッティもまた、その努力込みで声が外に漏れないような絶妙な攻め手を繰り出し続けていた。
寝るときくらいもう一人でも大丈夫ですよ、というヴィヴィアのそれとない気遣いをありがたく受取り、久方ぶりにムーナとコトに及ぶユリエッティは、どこか活き活きとした様子ですらあった。
「ふっ、ふぅ゛ーっ……あっ♡ ちょ、まだっ……♡」
「ええ、ええ。まだまだ夜は長いですわよ〜」
爛々と攻めっけに輝く瞳に見つめられ、指で舌で弄ばれ、ムーナの体は溜め込んでいたムラつきを発散していく。王女様も抱いてアタシも抱いて、コイツもコイツで調子が戻ってきたようで何より……などという考えは、休む間もなく訪れた次の快楽の波に呑まれていった。




