第61話 その腕を見込んで
ヴィヴィアが目を覚ましてからも、三人はとにかく人目を避けながらの逃走を続けた。
少しのあいだは、まだ弱っていたヴィヴィアをユリエッティが背負っての移動。とはいえやはり、日頃の基礎鍛錬のお陰か体力の戻りは早く。ひとまず自分の足で動けるようになるまで、そう時間はかからなかった。
「──わたしは、ヒルマニア王都へ戻らなければなりません」
「ええ」
というのは、最初の数日のうちのやりとり。
ヴィヴィアがことの委細を話し──ユリエッティが憤怒をあらわにし──、すぐにも出した結論はそれであった。元首キシュルの蛮行、それがまかり通ってしまう異様さ。次期ヒルマニア国王たるヴェルハドゼールの異常。それらの情報を自国へ持ち帰らなければならない。もはやヴィヴィアにとって、ヨルド首都は敵地と言っても過言ではなく。誰も味方のいないそこに戻って話し合うなど、できるはずもなかった。
「ヒルマニア中枢への連絡手段が無い現状、直接国へ帰り状況を伝えるしかない」
「ええ、ええ」
ヴィヴィアは遠話器を持ち出せず、当然ながらユリエッティらもヒルマニア貴族・王族との繋がりなど持っていない。ユリエッティの遠話器でディネトに事情を伝えて、という案もムーナから出たが……やはり一介のギルド職員では王侯貴族にまで話を持っていくのは不可能だろうと却下された。
「エティ、こんなことに巻き込んでしまって心苦しい限りですが……どうかその腕を見込んで、わたしを王都まで送り届けて欲しいのです」
だからこそヴィヴィアは、その脚でヒルマニア王国へ戻ることを選択し。
「勿論ですわ。この、家名なきユリエッティにお任せくださいな」
ユリエッティはその同行人となることに、なんらの躊躇もなかった。ことここに至っては、もう一人の恋人を巻き込んでしまうことにも。
「ムーナ、こうなった以上は最後まで付き合って貰いますわよ」
「最初からそのつもりだけど」
「ムーナさんも、面倒事に巻き込んでしまい申し訳ありません」
「あ、いえ、ダイジョブ、っす、はい」
もっとも、流石に王女が相手ともなれば、ムーナも砕けた態度ではいられないようだったが。しかし同時に、親しげに話すユリエッティとの関係はやはりそういうコトなのかと勘繰ってもしまう。状況が状況なため詳しい話は聞けていないが、こいつ王女にも手ぇ出してやがったのかと、慄くような一周回って感心するような……というかそのせいで追放されたんじゃ、と真実に近づきつつあるような……
まあとにかく、首都の関所を強行突破してしまった時点で、ある種の罪状に問われるのはまず間違いない。誘拐犯という汚名まで着せられている可能性も高い。フードを被っていたとはいえ、顔も見られただろう。であればそれらを払拭するためにも、ヴィヴィアという権力者を、その権力を遺憾なく振るえる場所にまで送り届けなければならない。
ネビリュラの時もそうだったが、ユリエッティの味方をするというのはどうにも、妙な騒動がついて回る。それでも離れられない自分を、ムーナは間違っているとは思わないが。
「……ってか、国のトップがそんなロクデナシなの結構キツいというか……なんか、ヨルド大丈夫? ってなっちゃうなぁ」
「為政者に品格ある振る舞いが求められる、その最たる理由ですね」
(ちょっとばかし耳が痛いですわ……)
とまあ、かくして方針定まった三人の、まず最初に向かう先はアルベーラの街……の付近にある危険区域“禁止山林”であった。
大陸のおよそ東半分を占めるヨルド共和国の、その首都は国土中央からやや東寄りに位置している。
脱出時に通った正面門は方角的には首都の西にあり、そこから伸びる大街道もヨルド西部の主要都市へと繋がっていく。三人はそれら人口密集地のいずれかへ紛れた……と見せかけて、途中で道を外れて自然の中に逃げ込んでいた。
ヨルド首都付近ともなればモンスターや野盗などはほとんど駆逐されているが、それでも、自然地帯の全てが切り拓かれているわけではない。身を隠せる場所は確かにある。人目を避けるなど、ユリエッティとムーナにとってはすっかり慣れたもの。そうして大回りに、大街道とは反対側、首都から見て東部に位置する“禁止山林”へ戻る。その意図はいくつかあった。
「当然、首都近辺にも捜索の手は伸びているとは思いますが……」
「まっさか王女様つれて危険区域に籠もるとは、まあ思わないよなぁ」
危険区域に入ってさえしまえば、人目に触れることはほとんどなくなる。そしてもっとも近い危険区域は、ユリエッティらが拠点にしていた“禁止山林”。そこでしばらく潜伏してヴィヴィアを万全に回復し、同時にヨルド横断計画の仔細を詰めていく。
歩ける程度には持ち直せども、元よりヴィヴィアの心身は限界だった。撒いたとはいえ、逃走中という状況そのもののストレスも大きい。テントもなく、携帯食も最低限な今のユリエッティの手持ちでは、ヴィヴィアを休ませることはできない。だからこそ一度立ち止まって、長旅へ向けての英気を養う必要があった。
勿論ネビリュラとも──どこまで明かすかはさておいて──、今後のことを話さなければならないし。予定していた帰還日はとっくに過ぎているのだから、きっと心配しているだろう。素直には言わないだろうが。そんな確信がユリエッティとムーナにはあり、そしてまた、別の懸念も。
「もしかしたらネビリュラとは、しばらくお別れになってしまうかもしれませんわね」
「大丈夫かなぁ……」
寂しいが、その可能性もある。彼女がついてくるかどうか。彼女を巻き込んで良いのかどうか。
徒歩でのヨルド横断はかなりの時間がかかるだろう。ヒルマニア王都へ到着すればはいおしまい、という話でもない。例えば一度別れ、再会を約束するとして、叶うのは一体いつになることやら。
「そのネビリュラさん、という方もエティと共に冒険者をしているのであれば……手を貸していただくことはできないでしょうか。勿論、報酬等は用意いたします」
すでにムーナを巻き込んでいるヴィヴィアとしては、いっそそんな提案もしてしまうのだが。頭数が増えすぎて人目につく……などという事態にさえならなければ、旅慣れした同行者がいて損はないはずだと。
「んー……あー……なんていうんすかねぇ……」
「??」
「ふむ、まずはネビリュラについて説明しなければなりませんわね。ヴィヴィア、どうか先入観を持たずに聞いて欲しいのですが──」
行きは魔道車で二日ほど。対して帰りは大回り、隠れながら、徒歩。それだけの要素が重なれば、それはまあ時間がかかる。諸々やり取りをしながらの三人が“禁止山林”に到着したのは、首都を脱出してから二週間以上は経ってからだった。




