第59話 問答は無用
ひとまずユリエッティとムーナは、気絶した男たちを全員その場で拘束した。
まったくありがたいことに本人らが捕縛用の縄紐を所持していたため、それで全身をガチガチに縛りあげ、布切れで目・耳・口を塞ぎ、念のため遠話器も取り上げていく。手早く作業を進めながらもユリエッティは常に、壁にもたれかけさせた恋人へ意識を向けていた。
(ただ誘拐されかけた……というわけではないのでしょうね)
緊張の糸が切れたのか、意識を失ってしまったヴィヴィア。所持品は食べかけの干し肉と、何度も使い回しているような空の水瓶だけ。汚れた布切れのようなローブの下は、サイズの合っていないボロ靴と何日も着続けているようなネグリジェというおかしな格好で。何よりその片袖は肘から先が綺麗に切り離されており、護身用の機構を使ったのが見て取れた。
(何か尋常ではない事態が起きているのは確実)
例えば迎賓館などの寝所で賊に襲われ辛くも逃れたなどであれば──それはそれで警護はどうなっているのかという話なのだが──、そのまま館の衛兵にでも声をかければそれで解決なのであって。王女たる彼女が寝間着姿でこんな街中に、それも路地裏にいるというのがまずおかしい。一度誘拐され、賊のアジトから自力で逃げ出した? であればそれこそ大通りに駆け込み、本物の警ら隊に助けを求めれば良い。
だが今のヴィヴィアの格好はむしろ、見つかるまいと、自分がヴィヴィアラエラであると悟られまいとするかのようだった。白く特徴的な髪は染められ、恐らく自らハサミを通したのだろう、肩口辺りで乱雑に切られている。まっすぐ綺麗に整えられた前髪との対比が痛ましい。
痩けた頬に目の下のくま、弱々しい四肢。見れば見るほどに胸が締め付けられるような恋人の様子は、彼女が本来あるはずの庇護を一切受けられていない証左なのだと、ユリエッティには容易に理解できた。その事態の異常性も。
「しっかし、格好は本物にしか見えないけどなぁ」
最後の一人を縛りあげるムーナの言葉通り、男たちの装いは本物の警ら隊の制服そのものだった。一度は看破したユリエッティですら一瞬焦ってしまい、けれどもやはりヴィヴィアの様子と言葉が、彼らが真っ当な者たちではないことを物語る。
(少なくとも賊は、本物の警ら隊服を用意できるような立場にある……)
一体何が起こっているのか。分からないながらも、安易にヴィヴィアを元いた場所へ送り届けるべきではないような。そう思案するユリエッティの耳に、おずおずといった調子の声がかかる。
「あのー……ゆりえってゃ」
「チェリオレーラ?」
非常に珍しいことだった。
チェリオレーラは基本的に、自らユリエッティへと話しかけることをしない。時折あるコミュニケーションは全て、高ぶりに高ぶった彼女の声や姿がユリエッティに届いてしまう事象を端に発しており、チェリオレーラ自身は今に至るまで“推しと会話するなど畏れ多い”というスタンスを貫いていた。
「姫様からこう、良くない騒乱に巻き込まれてる気配がするといいますか……」
そのチェリオレーラが、騒乱と変遷をこよなく愛するらしい精霊が、自分から声をかけてまでそう言う。いよいよもって碌でもない気配が漂ってきた。だものでユリエッティはチェリオレーラに礼を述べたのち(言われたほうは堪えきれずに姿を現し狂ったように点滅しだした)、ムーナへと視線を移す。
「ムーナ」
「イヤ」
「ま、まだ何も言ってませんわ」
「『この件はわたくし一人で対処しますので、ムーナはネビリュラの元へ戻ってくださいな』」
「ぐぅっ……」
一言一句違わず言い当てられ、ユリエッティの頬を汗が伝う。最後の一人を縛り終え立ち上がったムーナの眉間には、いかにも不機嫌ですと言いたげな皺が浮かんでいた。
「……『風睨竜』の一件で、その辺はすり合わせできたと思ってたんだけどなぁ」
「そ、それはそうなんですけれども……いえ、今回のは本当にガチでヤバい案件な可能性がありまして……!」
「じゃあまず説明をしろ。どうするかはそっから──」
突然に途切れるムーナの声。ユリエッティを射竦めていた視線が斜め下へとズレる。彼女のエルフの耳がひくひくと震えているのを見て、ユリエッティもムーナの見やる先──まとめて地面に転がしていた男たちの遠話器へと顔を向ける。そのうちの一つが、微かな光を帯びていた。
「──おいちょっと何か跳んでくるぞっ!」
遠話器に仕込まれた何かしらを目印とした空間跳躍。察知したムーナがユリエッティのそばに寄り、ユリエッティが咄嗟にヴィヴィアを抱き上げるのとほぼ同時に、遠話器を踏みつけるようにしてその男は現れた。
「──ふむ」
低く厳格な声音の、中背のエルフ。刈り上げられたライム色の短髪が、一般的な同種族よりも長く尖った耳を際立たせていた。所属も不明な白一色のローブの上からでも、屈強な体躯が窺える。木製の長杖、それも鈍器めいて頭の膨らんだ得物を携えていることも相まって、武闘派であることは見目に明らかだった。
「定時連絡が無いからと、念の為に来てみれば……」
独り言と共に、縛られ気絶した男たちを見やる。そのくすんだブラウンの瞳はヴィヴィアの顔、ユリエッティ、ムーナと素早く移り──直後には言葉もなく、長杖が振りかざされた。
「っ!」
ユリエッティの頭部へ向けられたそれを、咄嗟に割り込んだムーナが剣の腹で受け止める。身体強化の魔法も乗った重たい一撃。同じく自身を強化したムーナが両腕でどうにか押し返す数秒のうちに、ユリエッティは数歩下がってヴィヴィアを前から後ろへ背負い直した。
「いきなりかよ……っ!」
「もはや問答は無用だろう?」
口と武器での小競り合い、それが三手目に達した時点でムーナは、眼の前の男の実力が自分を凌駕していることを理解する。すぐに負けるほどではないが、恐らく一人では勝てないだろうと。そしてユリエッティは姫様だとか呼ばれた女を背負っており、大した助太刀は期待できない。
空間跳躍を使うレベルの刺客が急に現れるとは、なるほど確かに、本当にガチでヤバい案件なのかもしれない。態度や先のやり取りからして、ユリエッティとこの女は知り合いなのだろう。まあ、ユリが目の届くところでも届かないところでも女を引っ掛けてるのはいつものことだし。
五手目の袈裟斬りを繰り出すまでにムーナはそこまで考え、そして腹を括った。
「シっ!」
また妙なことに首突っ込んじゃったかもという嘆息。でも一緒にいるのを見られたおかげでもう、巻き込みたくないとか言わせずに済んだという安心。二つ混じりに六手目を放つ。男の鼻先めがけた、殺すつもりの刺突。殺気もだだ漏れな一撃は当然ながら爪一つ分ほど届かず、けれどもムーナは、それと同時に叫んでいた。
「ユリッ!」
「っ!」
ただ名前を呼ぶそれだけでユリエッティは意図を理解し、目を閉じて顔を背ける。直後、ムーナの剣の切っ先から強烈な閃光と高音の魔法が生じ、敵の視聴覚を一挙に奪った。
「ふむ」
にも拘らず、焦燥の欠片も見せずに肌感覚のみで反撃に転じてくるエルフの男。二連続で放たれた杖での殴打を転げるように躱し、怖気に獣耳をぺたりと倒しながらも、ムーナはもう一度叫ぶ。
「杖の頭!!」
「あいさァ!!」
ヴィヴィアをムーナへと投げ預け、代わって前に踏み込むユリエッティ。竜の頭蓋をも砕く右拳が放たれ、やはり鈍器でもあった杖の膨らみ、そこから前方広範囲に放射されるはずだった魔法攻撃、さらには杖に仕込まれた“魔法を補助する魔法機構”までの三つを一撃のもとに粉砕した。
「む」
今度こそ僅かばかりの困惑を示し動きを鈍らせた男に、ユリエッティは追加の一撃を加える。それすらも上手く受けられ大きなダメージには繋がらなかったが、ともかく次の瞬間には、ムーナと共に身を翻しその場から逃げ出した。これほどの実力者、すぐに無力化するのは難しい。遠話器でさらに増援を呼ばれてはどうしようもない。
そんな判断でかどを曲がり、もう一度曲がり、さらにもう一度曲がり。大通りには戻らずに、けれどもそれを指針にして、一つ隣の細路地を駆けていく。行き先はユリエッティに委ねられ、ムーナはそれに追従する形。彼女にとっては誰とも知れない女なはずのヴィヴィアを背負い付いてきてくれる恋人に、ユリエッティは思わず呟いた。
「ムーナはわたくしに甘過ぎて、時々心配になってしまいますわっ」
「余計なお世話っ」
「チェリオレーラ的には幸せならオッケーです!!!!!」
「「うるさっ」」
エルフの男も、いくらなんでも追ってくることまではできないようで。それでも速度は落とさないまま、ユリエッティの足は街の出口のほうへと向いていた。




