第54話 第二王女、ヨルド来訪
賓客というにも随分と手厚い。
ヒルマニア王国第二王女ヴィヴィアラエラ・ヒルマ・ダインミルドの、ヨルド首都訪問に際する印象がそれであった。
ヨルド政府側からぜひにと寄越された長距離移動用魔動車はまさしく快適快速で、ヒルマニア王都からヨルドの中央東寄りに位置する首都まで、わずか二ヶ月足らず。道筋、旅程も完璧に管理され、足の止まるような事態は何一つ起こらず。要人三人とその護衛・従者たちという規模としては、尋常ではない歩みの速さ。どうも此度の訪問に合わせて、街道の整備や進路上のモンスターの掃討まで入念に行われていたように思える。
まさか訪問のたびに毎度こうというわけではあるまいと兄に問えば、笑って首を振り「キシュル元首は君に会うのを随分と楽しみにしているようだからね」などと返してくるものだから、ヴィヴィアとしては不思議に思えてならなかった。
──ユリエッティが追放されてから、早いものでもう三年以上が経過している。
ヴィヴィアも17歳。丁度、追放されたときのユリエッティと同じ歳にまで成長した。色素の薄い茶色の瞳に、白く美しく、そして輪郭を何色にも煌めかせる不可思議な長髪。それらは変わりないままに、背は年相応に伸び、顔付きも随分と大人びた。しかしそれでもまだ日々勉強の身、なんの功績も持たないただの第二王女である。
だもので本人にしてみれば、いくらなんでもここまでの歓待を受けるほどの存在ではない、という気持ちであったが……
「──しかし本当に、ヴィヴィアラエラ様は美しいお方だ」
ヨルド首都、迎賓館。
首都に到着した翌日、早速と開かれた夜の食事会にて、その理由と思しきモノを知る。
(……まるで見合いの、その前段のような雰囲気ですね)
それも随分と熱烈な。明言こそしないものの。
瀟洒な長卓を囲む四人のうち、上座に座る男性──ヨルド共和国元首、ネルチャグシュッツ・クォン・リィーイラ・ハトフェル・マルグ・キシュルの朗らかな声が、食事の合間合間に飛んでくる。
「まあ、キシュル様ほどの美貌の方にそう仰られてしまうと、かえって恐縮してしまいますわ」
微笑とともに返しつつ、ヴィヴィアは不躾にならない程度に相手の顔を見やる。
全体としてほっそりと縦に長く、中性的な雰囲気の男性。眩しいほどに鮮やかな黄金色の髪は腰にまで届くほどの長さ。白く、彫りの深い整った顔には、濃紫の瞳がはめ込まれている。声音すら、男女とも判然としない中性的なもの。
エルフと魔人のハーフということだが、それにしたって人間離れしているというか、調度品だとかそういう意味合いでの美しさを過分に備えている。相対したヴィヴィアの抱く印象はそんなものであり……つまりは、元首キシュルの熱烈な口説きに全く靡いていないということでもあった。
とはいえあまり素気ない態度をとるわけにもいかず、世辞と受け取って微笑む、といった返しに留めるヴィヴィア。兄──第一王子ヴェルハドゼールは柔和な笑みを浮かべるばかり、バルエット卿などはハハハッと快活に笑っている始末。その様子から自分以外の三者が打ち解けた仲であることが窺え、微妙に座りが悪い。
確かに、長い歴史の中でヒルマニアの要人がヨルドに嫁ぐ、あるいはその逆、というのは幾度かあった話ではある。ヒルマニアの人口減少に立ち向かうに当たって、ヨルドの協力を得ている部分も大いにある。両国間の関係はより良好であることが望ましい。
いやさそれにしたってものすごい熱の入りようだと思わずにはいられず……そしてすぐにもまた、その源の一端が、キシュル自身の口から開示されていく。
「歴代でもっとも美しいヒルマニア王と言われるアヴィスティリア女王、その若かりし頃に瓜二つです」
「ふふ、それは流石にお世辞と分かりますわ、キシュル様」
「まさか、世辞でもなんでもない純然たる事実です。この目で見たことのあるわたしが言うのだから間違いない」
確かにこの不可思議な輝きの白髪などは、かの女王アヴィスティリアと同じものだと言われている。ヒルマニア王族の多くは兄や姉、父のような乳白色の髪をしているが、まれにこのような輝きを伴って生まれる者がいるのだと。それを指して「かの美貌の女王のようですわ」などといった世辞を貰うのは、王女として生きるうえで幾度となくあった。
しかし目の前のヨルド元首キシュルの声音は、濃紫の瞳は。まさしく事実を述べているのだと、そう物語っていた。
「当時はわたしもまだ一介の小市民に過ぎませんでしたが……この上ない幸運か、話をする機会に恵まれまして」
アヴィスティリア・ヒルマ・ダインミルドは五百年ほども前の時代を生きた女王である。
対してキシュルは長命の中の長命で知られ、元首としての任期だけでも二百年が経過している。他ならぬ国民からの信任によって一個人が超長期的に国のトップに居続けているというのは、ヒト種であるヴィヴィアには不思議な話だが……ともかく、それだけ長く生きているのだから、件の女王を実際に見たというのもありえない話ではない、のかもしれない。
なにぶん確かめるすべもなく。ただそれでも、まだ十七年しか生きていないヴィヴィアにも分かることが一つあった。
「その美しい髪に思慮深い眼差し、立ち振舞い、何もかもがそっくりだ……」
それはキシュルがヴィヴィアではなく、ヴィヴィアを通してアヴィスティリアを見ているということ。賢者とも称される長命の男も、かつて惚れた女の影を追うことは止められないらしい。
「そんな、恐れ多いことですわ」
(わたしが美貌の女王にも迫るなどとは到底思えませんが……しかし成程、成程。そういう意図でもって組まれた会合、でしたか)
兄が妙に熱心に同行を持ちかけてきた、今回のヨルド訪問。
テトラディを討ち旅立った恋人が今を生きている国。それをひと目見たいという気持ちもあり、勿論執政の学びのためというのもあり、悩んだ末に参加したわけなのだが。想定とは全く別種の心労の予感に、ヴィヴィアは内心で小さな溜息をついた。




