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第45話 『風睨竜』討伐 2


 ──途中までは上手くいっていた。少なくとも、ユリエッティの眼にはそう映っていた。


 最初に狙撃を行ったローブの男と、彼をサポートするもう一人の若い魔法師がちくちくと魔法を撃ち続け、大盾を構えた屈強な男が二人の護衛を請け負う。その三人で『風睨竜』の注意を引いているあいだに、それぞれ両刃の大斧と大剣を振るう近接要員二人が攻め立てる。レルボも、全体に指示を出しつつ隙を見てドラゴンの足元を駆け回り、長槍で攻撃に参加。

 武具も良いものを取り揃えているのだろう。苦もなく両断、とまではいかずとも、頑強な竜の鱗に打ち負けることはない様子。刃が肉まで達し血を吹き出させたことも幾度か。

 当然、誰かしら爪が掠めた牙が掠めた危うく踏み潰されかけた、そんな場面もありはしつつ、けれどもパーティー全体の立ち回りは危なげなく、魔力風由来の攻撃を全て封じられた『風睨竜』へと着実にダメージを蓄積させていく。普段は別行動が多いというわりに、連携にも滞りはない。


 性格はさておいて、自分たちよりキャリアの長い高位冒険者たちの実力を、ユリエッティもムーナも認めざるを得なかった。だから対消滅効果が薄れ『風睨竜』が再び風を纏い始めたときも、それほど焦りはしなかった。予備のスクロールくらい持っているだろうと。事実、レルボは魔力風の影響を受けない位置まで後退しつつ、素早く指示を出した。


「お前らモタモタすんなっ、もう一度──」


 言い切るのを待たずして大盾の男、両刃斧の男、若い魔法師の三人が懐からスクロールを取り出し……そして結紐が解かれる前に、その全てが見えない刃で切り裂かれた。


「……っ!」


 息を呑むような声は、ユリエッティのもの。一瞬の攻撃を受けた男たちはみな左手を使用不能なほどに負傷し、若い魔法師などは悲鳴をあげて蹲っている。


「バカが何やっぅおァッ……!」


 慌てて自分が持っていた分を取り出そうとし、けれども三人と同じく風の刃に襲われて、レルボはすんでのところでその場から飛び退った。真っ二つにされたスクロールの上半分が置き去りにされ、そのまま藪の中へ消える。


「マズいんじゃねぇのっ……!?」


 呟くムーナの視線の先、標的を違わず裂いた『風睨竜』が雄叫びをあげた。魔力風の勢いが増し、その口腔前方に高濃度の魔力塊が生成される。魔力であり風であり斬撃であり打撃でもあるそれは、スクロールを切り裂いた四発よりもはるかに強力な魔力風弾となって射出され……蹲ったままの若い魔法師を、彼を庇おうとした大盾の男諸共に吹き飛ばした。

 血飛沫をあげながら地に落ちた彼らがまだ生きているのか、傍目には窺えない。一瞬で高位の冒険者二人を再起不能にした竜の力に、ユリエッティとムーナ、双方の肩が慄き揺れる。


 ──途中までは上手くいっていた。少なくとも、ユリエッティの眼にはそう映っていた。


 強いて言うのならば、この頃のレルボらはここまで周到に用意して討伐に臨むこと自体が稀だったため、アイテムを用いる手つきがほんの僅かばかり最適化されていなかったという、ただそれだけのこと。ドラゴンが相手でなければ何の支障もなかったであろう、その程度の隙。

 しかし相手が、その頂点種であったがゆえに。最初に魔力風を打ち消されたとき、懐から何かしらを取り出すその挙動を、『風睨竜』が執念深く記憶していたがゆえに。魔法師の男が放った狙撃魔法とも似た性質を有した、速度と精密性に優れた魔力風弾によって、レルボらの優位は一瞬で覆された。


「クソ……!」


 飛行の補助にも用いていたのだろう魔力風を取り戻し、『風睨竜』は翼を大きく羽ばたかせる。逃走などでは勿論なく、興奮に見開かれたその瞳は、さんざ自分の怒りを買い続けたローブの魔法師へと向けられていた。


「──っ、ムーナ、行きますわよっ!!」


「あいよぉッ!」 


 もう傍観に徹していられる状況ではないと、ユリエッティとムーナが木陰から飛び出す。ここまでの様子を見て、二人とも理解していた。『風睨竜』を自分たちだけで確実に倒せる保証はない。なればこそ、レルボらの頭数がこれ以上減らされる前に加勢する。


「予定通りで良いんだよな!」


「ええ、お願いしますわ!」


 ドラゴンは目の前の仇敵に夢中で二人の接近に気付いていない。レルボらもまた、連続して放たれる小さな魔力風弾の対処に追われて同じく。“途絶えの森”の方角になど誰も目もくれない僅かなうちに、二人は『風睨竜』の背後に迫る。レルボたちが用いたのと同じ対消滅のスクロールをそれぞれ使用して、完全ではないながらも魔力風の威力を弱め、ムーナの魔法で同様の性質の(効果はスクロールよりも薄いが)エンチャントまで自身らに重ねて。


「おらぁ飛んでけッ!!」


 いつぞやと同じように、ムーナがユリエッティを担ぎ上げ、そして思いっきり投げつける。またしても力を削がれたことに驚き怒る『風睨竜』の頭部めがけて。減衰した魔力風を突き出した拳で打ち払いながら、ユリエッティはその頬に遠慮なしの一撃をくれてやった。


(手応えは……ありますわねっ……!)


 鱗にいくらか防がれつつも、確かに打撃が通った感触。事実、『風睨竜』は悲鳴のような咆哮をあげながら体勢を崩す。風に揺られながらも着地したユリエッティは、奇しくも魔法師の男をドラゴンから守るような位置に。

 視界の先では、『風睨竜』の足元に滑り込んだムーナが剣を振るっていた。武器そのものの質で言えばレルボらのそれには及ばないながら、自前のエンチャントで切れ味を増した一振りが、傾く体を支えていた右脚の腱の辺りを正確に裂き────竜の巨体が横転する。


「な、て、テメェら……!!」


「問答は後ですわ! 三つめのスクロールを!!」


 怒鳴るレルボへ視線を向ける余裕もなく、ユリエッティはすぐさま駆け出し再び『風睨竜』の頭部を目指す。魔力風はいまだ消えず、ムーナのエンチャントによってどうにか体が押し負けずに済んでいた。そのムーナは二人分の身体強化に対魔力風、自身の武器の強化といくつもの魔法を併用している状況で、エルフの血を引いていると言えどそう長く維持できるものでもない。この程度でドラゴンが戦意を失うわけがないとも分かっている。


 だからこそレルボらの協力が必要で、また、流石にこの状況で反発してはこないだろうという算段がユリエッティにはあった。合理的で、そしてどこか甘い算段が。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 満を持してユリムーナ見参!! のぞきから表舞台へ ムーナは器用だし魔術師よりのスタンス 魔法剣士? [気になる点] 打撃中心のユリエッティ。手応えはあるようだけど ドラゴン相手にどこまで…
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