第43話 決裂
数日後、ユリエッティとムーナは予定通りに森を出て、一度人里に戻っていた。小山脈のドラゴンが迫る中、近隣の町ノギロザのギルド支部にて到着したレルボと顔を合わせた、のだが……
「ハッ、お断りだ」
テーブルを挟んでの話し合いは、お世辞にも和やかとは呼べない状況にあった。いつものことと言えばいつものことではあるが、普段はあしらう側であるユリエッティらが正面から相対している構図が、なお一層、レルボの雰囲気をヒリつかせる要因にもなっている。ふてぶてしく座るその後ろには、彼のパーティーメンバーと思しき男たちが威圧的に佇んでいた。
「どうしても、ですの? ここは協力したほうが確実に依頼をこなせると思うのですけれど。ギルドだって──」
「ダルミシアのやつがしてきたのはあくまで“協力の進言”だ、指示じゃねぇ」
努めて冷静に語りかけるユリエッティを、レルボは敵愾心を隠そうともせず睨みつけている。
件のドラゴンが進路上の町や集落などには目もくれず一直線に“途絶えの森”へと向かってくる様子から、現時点でギルド側も改めて、その目当てが『変異粘性竜』である可能性が高いと踏んでいた。人類種側へ直接の危害を加えてこないのであれば、この討伐の緊急性はそれほど高くないとも言えてしまう。
勿論、脅威であることに変わりはないのだから、こうして高位の冒険者が駆り出されているのだが……例えばテトラディの時のようにギルドが冒険者同士の連携を必須と判断する、というほどでもない。だからダルミシアも“協力しあって欲しいところ”と伝えるに留まっていたのだろう。
今、この依頼に関して主導権を握っているのはレルボであり、そしてこの爬人の男は全く聞く耳を持たない。ユリエッティたちによって潰された面子を取り戻すこと、ただそれだけを考えている様子だった。
「…………」
報酬の取り分はそちらに多くを譲ると、そんな条件を提示してすら頑なに共闘を拒む目の前の男に、ユリエッティは困り果てていた。その言葉がなおさらにレルボの神経を逆なでしたことに気付けないのは、見ようによっては彼女の落ち度と言えるかもしれないが。
(まぁー……こればっかりはある意味、ユリの欠点かもしれないよなぁ……)
黙って隣に座ったまま、ムーナは内心で苦笑する。ユリエッティは男に対してあまりにも関心を抱かなすぎる。だから今、レルボがどれほど自分を嫌っているのか正確に測りきれていない。
(まあそういうアタシも、ここで上手く立ち回れるかったら無理だけど)
自分の交渉能力の無さは自覚している。だからムーナは、せめて舐められないようにと神妙に座すのみ。レルボの後ろに立つ、彼の部下たちへと睨みをきかせながら。
「頭数ならこっちで揃えてきてんだ。誰がテメェらの手なんか借りるかよ」
今回レルボは自身の一派から五人、実力も上位に位置するメンバーを連れてきていた。普段は彼の指示のもと各々が依頼をこなしている者たちを一挙に動員し、進言自体はされていた“ユリエッティらとの協力”など不要であるとギルド側に示すために。
各人の実力はB級から暫定準A級も見えつつあるといった塩梅で、そこに頭目であるレルボも合わされば、ランクの上ではドラゴン一頭を狩るに不足ない戦力は備えているとも思える。が、しかし正直なところ、ユリエッティの目には彼らの立ち振舞いに若干の隙があるようにも映っていた。恐らく普段は別々に動いていることが多いのだろう、“そんな自分たちが一同に集えばドラゴンと言えども”といった慢心にも近い隙が。
(冒険者としての年季で言えば彼らのほうが上なのは確か……あまり軽んじるべきではない、とは思いますが……)
少々ピンと来ていない節もあったネビリュラの手前、深刻過ぎる顔はしないようにしていたが。やはりユリエッティとしては、この討伐は確実に成功させなければならないことであった。長期戦だの、危うくなれば一時撤退だの、というわけにはいかない。一見ユリエッティのほうが冷静な主張をしているように見えて、両者とも感情を支柱にこの場に臨んでいるという点では変わりなく。そしてそれゆえに、あいだにある溝が埋まることはない。
「とにかくテメェらは引っ込んでろ。大人しくメスのほうの観察でもしてやがれ」
それだってオレらの受け持ちだったんだがな、などと吐き捨てるレルボにこれ以上話を続ける意思はないようで。そのまま、自身と同じく荒んだ目つきをした五人を引き連れて、乱暴な足取りでギルドから出ていった。残されたユリエッティは思わず小さな溜息をつく。いつもはしゃんと伸びている背中も、この時ばかりは少しばかり丸まっていた。
「……ま、薄々こうなる気はしてたろ?」
「それはそうですけれども……いえですが、まさかここまで取り付く島がないとは」
「ユリに野郎との交渉事なんて無理だよ」
ぽんと肩を叩くムーナの顔には、慰めるような苦笑が浮かんでいた。それにつられて僅かに口角を歪めつつ、ユリエッティは下から見上げるようにしてムーナと視線を合わせる。珍しい上目遣い、それも弱ったような。ムーナの喉の奥が「う゛」と音を鳴らした。
「……ムーナには、迷惑をかけてしまうかもしれませんわ」
眉根を寄せて言われれば、即座に意図を理解する。というかムーナも、最初からその可能性を頭に入れていた。
「つまりそれは、アイツらにこっそり付いてって、駄目そうだったら助けに入る……ってことで良いんだよな?」
「……ええ」
レルボらの実力に不安が残る一方で、本気のドラゴンと戦ったことがない自分たちだって、ぶっつけ本番撤退なしで討伐を成功させられる保証はない。だからこそ共闘が望ましいと、ユリエッティは考えていた。
だがそれは、はたから見れば依頼の妨害、手柄の横取りとも取れる行動。正式に協力要請が出ていない以上、ギルドから何かしらのペナルティを課される可能性は高い。自分一人であればそんなことは構わない。けれども念願叶ってヨルドに移り住み、そしてこの地に根付くための一環として冒険者稼業を続けているムーナにまで同じ責を負わせてしまうことが、ユリエッティには心苦しかった。
だがしかし、それでも、ドラゴン狩りという未知を成し遂げるにはムーナの力が必要なのだと、疑いもなくそう確信している。だからこその弱ったような顔。ムーナは一瞬、肩に置いたままの手をユリエッティの頭に持っていくか本気で悩み。結局そのままの姿勢で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……正直に言うと、アタシは今けっこう嬉しい」
「……??」
「ユリさ、テトラディの時は一人でやろうとしてたから」
「……そういえば、そうでしたわね」
遠い昔のように思える出来事。確かにあの時と違って、ムーナを置いていくという選択肢を今のユリエッティは思いついてすらいなかった。
「ヨルドに来れた時点で、アタシの望みは叶ってる。ユリはそれに協力してくれて、しかも一緒に来てくれた。だから今度はアタシがユリのしたいことを手伝う、的な?」
ネビリュラと出会ってからの二人の行動は、その全てをユリエッティが主導していた。追従するムーナの意思を、もしかしたら無意識下で頼っていたのかもしれないその真意を、ユリエッティはいま改めて理解する。
「……………………超特大デレデレムーナですわねぇ」
「うっせ」
「ふふ、ありがとうございますわ」
「うっせうっせ。デュクシ」
「ふふ、いってぇですわっ、ふふっ」
指摘されて恥ずかしくなってきたのか、肩に置いていた手でぺちっとやるムーナ。尻尾生えてなくて良かったぁ……などと思いながら顔をそらす、けれどもその金色の耳は、分かりやすく揺れ動いている。
小さな町のギルドですら、ヨルドという国は賑やかで。二人のやり取りは喧騒に紛れて、ただお互いにだけ届いていた。




