第34話 ネビリュラとアドビュラ 2
「父親は──失礼、モンスターは殺したとおっしゃいましたが……ではネビリュラさんのほうは、その場で手にかけようとはしなかったのですわね?」
アドビュラの眼光に応じて使う言葉を選びつつ、ユリエッティが問いかける。現にネビリュラが今も生きているわけなのだから、少なくともある程度成長するまでは、アドビュラもこうまで殺意を向けていなかったことが窺えた。
「ワタシに種を仕込んだクソは間違いなくモンスターだったけど、あの子は、アイツはワタシの血を引いてる。竜人の中には稀にドラゴンの特徴を濃く持って生まれる者もいるって話があって、でも成長すればちゃんと竜人らしくなる、だから…………って、最初のうちはワタシもそう思ってたわ。思おうとしてた」
嫌悪と憎悪の中に、少しだけ母親の顔が混じる。強張ったまま、けれども瞳だけが僅かに緩んだ、そんな表情が。伏せられた視線が、カウンター上のネビリュラの衣服に向いていた。
「子供は流れた。男は逃げた。そんな風に言えば周りも深入りしてこなかったから、家の中で隠して育てるにはちょうど良かったわ。着るものはワタシが作って……外に出せない分、縫い物を教えたりして……」
「……ネビリュラさんは知能……いえ、知性と言うべきでしょうか、とにかく人類種と遜色ないものを備えているように見えましたわ。貴女の養育も影響しているとすれば、彼女はやはりただのモンスターでは──」
「いいえ、モンスターよ。人間じゃない、化け物よ」
言葉とともに再び視線を上げた時には、アドビュラから母親の顔は消え去っていた。激情こそ落ち着いたようだが、鱗に覆われたその表情はやはり、悪感情によって成り立っている。
「アンタ、アイツと会ったのはいつ?」
「ほんのひと月ほど前、ですけれど」
「そう。言葉も達者だったでしょ」
「ええ、それはもう」
「アイツが産まれたのは、五年前のことよ」
「……………………え、あれ五歳児なの!?」
静かに話を聞いていたムーナが、思わずといったふうに声を上げた。ユリエッティも目を見開きつつ、努めて静かな口調を保つ。
「驚きましたわね。てっきりもう成体かと思っていましたけれど」
「ええ、成体。これを見る限り、基本形態の大きさは私が追い出した時……もう一年近く前になるかしらね……とにかく、その時とほとんど変わってない。成長期間はもう終わってる」
「……つまり、たった五年とかからずに成体になったと?」
「そうよ」
ああ、とユリエッティは得心してしまった。あれがまだ五歳だというのなら、早熟が過ぎる。賢しい子供というレベルではない。
種々存在する人類種に共通の特徴の一つとして、成長速度があげられる。長命種であろうとそうでなかろうと、幼・少年期、青年期辺りまでの心身の成長は概ねみな同じ。だが……ネビリュラは、その法則から外れてしまっている。
アドビュラの言わんとすることを即座に読み取り、ユリエッティは眉根を寄せた。大抵のモンスターは──例えば一般的な粘性生物などは──、産まれてから数年もあれば成体になる。あれだけの知性を有しておきながら、その成熟までの期間が人類種とは比にならないほどに早いという成長速度こそが、外見と合わさって、ネビリュラをモンスターという枠組みへと収めてしまっていた。
「娘として見ようとしたけど、無理よ……ほんの数年であんなにデカくなる。知能の発達が早すぎる。あげく流動化までできるようになった。化け物じゃなかったら何なのよ」
父親と似たような性質を有した、粘性生物の変異種。そうとしか判断できなくなったアドビュラはネビリュラを捨て、そして少しして、付近の湿地林でスライムのようなドラゴンが目撃されるようになった。『変異粘性竜』と名付けられたそれはすぐさま討伐依頼が発行され、やがて逃げるように湿地林から姿を消す。それでようやく、竜人の女は平穏を取り戻した。
「なのに今さら……しかもまだ殺せてないって? ふざけんな……っ」
話すうちにまたボルテージが上がってしまったのか、アドビュラの語気が強まる。動揺するユリエッティとムーナへ、今にも噛みついてきそうなほどに。
(と、とりあえず退却しない? これ以上は無理だろっ)
(そう、ですわね。出自は聞けましたし……)
アイコンタクトでそんなやりとりをしたのち、ユリエッティはアドビュラをまっすぐに見つめた。心を落ち着け、平常心で相対する。
「不躾な問いをいくつも、失礼いたしましたわ。このことはどなたにも、ギルドにも報告はいたしませんので、どうかご安心を」
「信じると思う?」
「……信じていただくしか、ありませんわね……」
見つめあう二人。ムーナはユリエッティの背後で、耳を後ろに倒し体をこわばらせている。それほどまでにアドビュラの瞳には、様々混じった強い感情が凝縮されていた。ユリエッティですら、思わず目をそらしそうになってしまうほどに。罪悪感もある。本人にとっては忌まわしいであろう出来事を、掘り返してしまったことへの。それでもこらえること、時間にすればわずか数秒程度だっただろう。やがて小さく舌打ちしたのち、アドビュラは吐き捨てるように言った。
「……さっさと仕事をこなして頂戴。で、二度とワタシの前に現れないで。あぁあと、迷惑かけられたんだからせめて何か買っていったら?」
突き返すようにネビリュラの衣服をユリエッティに押し付け、そして顔を背ける。もう話すことはないとばかりの態度だが、退散しようとしていたユリエッティたちにとっては、これ以上怒りをぶつけられるよりはよほどありがたかった。
少し悩んだのち、ユリエッティは既製品ではなく薄手の生地を数種類、それから針と糸を。ムーナはカウンター横にあった革鎧の手入れ用品を購入し、そそくさと店を後にした。からんころんと鳴るベルの音以外、二人を見送るものは何もなく。
「……なんか、すごい話だったな」
「ええ全く……なんと言えばよいのやら」
アドビュラの要望通り、ユリエッティもムーナももう二度とこの店を訪れることはなかった。




