第94話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】黒いロープでグルグル巻き
『赤髪たちは、大人しくファルークの所に戻るが良いノネ! 火龍が荒ぶると、我らの住処までが熱に脅かされて迷惑だノネ!!』
『いや、ゾイヤよ。虹の主に魅入られし娘を、そこに含めてはならぬ。彼のお方が優先だ』
『……面倒だノネ……。けど我が主ヴォディム様がそう仰せなら、我は従うのみだノネ』
水龍ゾイヤと、水の精霊王ヴォディムは、暑く気候を変動させてしまう火龍ファルークを鎮めるため、番をあてがおうと動いていた様だった。それ故、レーナたちが逃げ出さない様、出口に待ち構えていたのだ。
『このままファルークの心が平安を取り戻さなければ、世界中が熱に脅かされるノネ。だから赤髪は、世界のためにファルークの側で癒しの存在となるべきだノネ』
そら行け、とばかりにゾイヤが鼻先でアルルクの背を押すが、レーナがその鼻をグイと押し戻す。
「過保護な親なの!? 理不尽なことでも、癇癪をおこして我儘を通そうとする相手に合わせてどうすんのよ! それとも、ファルークが面倒で関わり合いたくない我儘だから、ちゃんと向き合って説得したくないだけなの!?」
『散々言ってくれるなぁ!? お前だってワレの番だろ? 一部だろぉ!? 赤髪もお前も、ワレを助けるべきなんじゃねぇのかよぉっ』
ゾイヤやヴォディムはレーナを番から外したようだが、当のファルークは諦めてはいない。
「大体、ツガイってなんだよ! つごーよく 自分が楽するための道具かなんかかよ!? オレはアルルクって人間だぞ!? レーナだってスゲーことが出来るし、とんでもないことを知ってっけど、人間だ!」
「いや、ただの平凡村娘だから!」
アルルクの言葉を即座に否定したレーナだが、この場に居た迷宮攻略チートを既に実感している面々は「そんなことないだろう?!」と気持ちを一致させる。
『とにかく、ファルークの火の力が暴走して、水の我らは迷惑を被っているノネ! 赤髪が番になるだけで丸く収まるノネ!!』
「だからダメだって言ってるでしょ!?」
「オレは何度も はっきり キッパリ やだっていってんだろーーー!!」
揃って拒絶の意を表したレーナとアルルクだったが、火龍ファルークは言葉で勝てない分、焦れて実力行使に出た。
再び龍へと変じて巨大化した左右の手で、2人を鷲掴みにする。
「レーナっ!!」
エドヴィンと、護衛らがついに剣を抜くがその前に、邪魔をするように水龍ゾイヤがひらりと割り込んで来る。
『行かせないノネ。これで万事上手くいくノ―――』
『うわぁぁぁぁ!!!』
ゾイヤの言葉を断ち切って、ファルークの悲鳴が響いた。
全員の視線がファルークに集まれば、かの龍は2人を掴んだ手を離して目を眇め、ぐっと噛み締める口元に力を込めている。人ならば、苦悶の表情といったところだ。
さらによく見れば、ファルークの両手は黒いロープがグルグルと巻かれて一括りになっている。黒いロープは、ファルークの手から長く伸びて、レーナのひと房伸びた髪となって頭に繋がっていた。
「レーナ!?」
アルルクとエドヴィンが驚きの声を上げるが、レーナはそれ以上の驚愕にすっかり硬直している。なんせ自分の髪がおかしなことになっているのだ。
(なんでなんでなんで!??? なんでわたしの髪がっ、こ、こ、こここ……こんなことになっちゃってるのーー!)
レーナの髪に付いた蝶の飾りからは、眩い虹色の光が溢れていた。
『娘には、虹の君の寵があると言っておるに。相変わらず話を聞かん愚か者が』
はぁ、とため息を吐いたのは呆れた視線を向けていた水の精霊王だ。
―― ヴォディムはお利口さんだね。よぉく分かってる。けどファルークは悪いコだ。僕の大切なレーナに、手を掛けちゃうなんて ――
最高神の、軽薄だけれど仄暗い声が聞こえた。




