第88話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】揃いすぎた部屋の恐怖
2人の番のために用意したにしては広いその場所は、溶岩洞の奥底に造られた窓のない密閉空間だ。唯一外部と繋がるのは目の前の巨大な扉のみ。快適な室温で普通に呼吸できることを考えると、どこかに空調の設備はありそうだが、魔法など超常の力が存在するこの世界では、通風孔など玲於奈の常識は通用しないだろう。
『あたしは本来の力のカケラみたいなもんだから、その気になればいつでも排除出来るって考もあるでしょうけどね』
プチドラが、レーナの腕から肩によじ登り、『それよりも』と虹色の蝶の髪飾りを覗き込みながら言葉を続ける。
『レーナから最高神さまの力を感じるのよ。だから、レーナから離れ難いってのもあるのよね』
最高神の言葉に、一同はぎょっとしてレーナに視線を集中させるが、力を持っているはずの当人は、きょとんと眼を瞬かせる。たまに聞こえる声や、虹色の蝶を介しての接触しかないレーナには、自分自身に最高神リュザスの力があるとは到底思えないのだ。
『それに、レーナなら何とかしそうだから楽しめそうかなって?』
「楽しめるかは分からないけど、リュザス様のために頑張ろうって気は、めいっぱいあるわね」
先程、リュザスに心配されて浮き立った気持ちは継続中だ。活力の籠った明るい声で告げて、ニコリと笑んでみせる。
「じゃあ、早速だけどもう一度脱出しましょ!」
揚々声を上げたレーナに促されて、ぼぅっと彼女を見ていたエドヴィンやアルルクが、はっと肩を揺らす。互いの反応に気付いた2人が、苦々しく顔を歪める。
そんな外野の遣り取りなど眼中にないレーナは、脱出のヒントを求めて室内を見回した。
急ごしらえのはずの部屋は、エドヴィンの実家である辺境伯邸の内装よりも格段に豪華だ。職人の技術が見て取れる繊細で優美な家具が揃えられ、色とりどりの衣服がドレスルームに置かれている。女性用ドレスのふんだんさに比べれば、男性用は急遽感が否めない内容だったが、それでも質は良いものが揃えられていた。
「ねぇ……。なんだか、この部屋、色々揃いすぎよね」
準備の良さ――と言うより、予め揃っている所に入ったような違和感を感じてレーナが呟けば、エドヴィンもそっと二の腕を摩りながら眉を顰めて周囲を見渡している。
「それより妙な感じがしないか? この部屋。――寒気がするって言うか……」
重苦しく薄ら寒い気配を感じるらしい。彼だけでなく女性騎士も、どこか不気味な感じがすると不安気な面持ちだ。
「うっ!?」
突然、咽につかえた様な声をエドヴィンが発する。釣られてレーナも「ひっ」と両肩を跳ねさせて、恐る恐る声の主を見れば、彼は顔色を青くして部屋の一点をじっと見詰めている。
「寒気の原因が、わかったかも……しれない」
聞かずとも、レーナも何となく揃い過ぎた調度類から予想は出来ていた。だから、出来れば聞きたくない報告だったが、部屋からの脱出のために現状を把握するのは必要だ。
覚悟を決め、ごくりと唾を飲み込んで、エドヴィンの見詰める場所に目を凝らす。
そこには、ある意味予想通りの――いや、それよりも、揃い過ぎた部屋の意味を物語る、生々しい痕跡が残っていた。




