第87話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】アイツにはお見通し
『大事にするから、おとなしく過ごしててくれよなっ!』
閉まりかけた両開き扉の隙間から覗く、ファルークの人化した姿が爽やかな笑顔を向けて来る。いや、正確には半分だけ人化した格好だ。
褐色に近い肌に所々龍体の面影を残す身体は、鱗や鬣が有ることを除けば、よく引き締まっていて男神の彫像を思わせる美しい造形だ。元の西洋龍の姿を彷彿させる翼や尾、角、鋭い爪は、人型の彼にも残っている。レーナはその姿にゲームでの彼のストーリーを思い起こして、そっと溜息を吐いた。
(そう言えば、ゲームではヒロインがファルークルートに入って、好感度が上がると人化した姿を見せてくれるようになるんだったわね)
ルートに入ったわけではないのに、収監された今その姿を見せて来るとは、彼的な満足度は上がっているのだろう。レーナやアルルクらの印象は、また別として。
スパイや、怪盗が狙う、重要な物が仕舞われる大金庫もかくやと云う、大きく分厚い扉。それが、廊下側でのファルークによる操作で、滑らかに、静かに閉まって行く。
やがて両扉が中央でピタリと合わさると、その内部からヴヴヴギギ、ガチャと機械的な音が微かに漏れてきて、扉の間にあった僅かな隙間もピタリと閉じてしまった。どうやら、脱出防止を重さと大きさに任せただけの扉ではないらしい。勿論、引手やノブは無い。試しに部屋の者一同で、せーのと力を合わせて押してみるがびくともしない。
『ひくわぁー。窓もない地下の部屋に、押し込めるなんて。それで大事にするなんて、よく言うわぁー』
鼻の頭に皺を寄せたプチドラが、エドヴィンの大きく開いた襟元からひょっこり顔を出す。同じ宝珠の力の顕現であるプチドラが、あからさまに監禁対象者らにくっついていては警戒されるかもしれない――との彼女自身の主張によって隠れていたのだ。
水の精霊王ヴォディムの大きな水球を丸ごと取り込んだプチドラは、今やはち切れんばかりに膨らんだムチドラ状態。その彼女を胸元に入れたエドヴィンは、デップリとした中年親父の胴体に、ほっそりと綺麗な顔の乗った不自然な状態だ。ファルークによる追及を恐れた一同だったが、番を手に入れる以外は全く興味がないらしく、気付かれぬまま部屋に残されている。
そう、監禁されたのは、馬車ごと連れてこられた全員だ。番さえ居れば、他に多少違うものがくっついていても良いという、大雑把なファルークらしい状態となっていた。
「ご先祖様、貴女までついてこられなくとも、供の者と一緒に安全な外でお待ちくだされば良かったのに」
『えぇーっ? けどエドはレーナについてくつもりだったんでしょ? ならあたしも行くわよ』
ぷぅっと剥れるムチドラの風貌は可愛らしいが、そのまま彼の胸元に頬擦りするのを見たレーナは、彼女の首根っこを掴んで引き抜いた。
「どさくさに紛れて何やってるんですか。って言うより、最初っからエドにくっ付くのが目的でしょ」
『うふ、バレちゃった? まぁ、あたしがいる事なんて、隠れたところで同じ宝珠の力の顕現のアイツにはお見通しだものね』
「それを分かっていて尚の監禁場所か。余程自信があるんだな」
エドヴィンが険しい表情で広い部屋の内部を眺めながら呟いた。




