第86話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】最高神の桁違いすぎる威力
怒り喚く2人に痺れを切らしたファルークが、実力行使とばかりに手を伸ばして左右の手でレーナとアルルクの胴を捕まえようとする。だが触れる寸前、レーナの待ち望んだ声が、彼女だけの脳裏に響いた。
―― あぁ、駄目だなぁ。レーナに触れようだなんて、やり過ぎだよね? レーナが僕のために頑張るのを見るのは好きだけど、おいたが過ぎるのは見過ごせないなぁ ――
(リュザス様! 助けに来てくれたの!?)
―― うん。レーナ、待ってて。すぐに消しちゃうから ――
(は?)
柔らかなテノールの声が軽い調子で紡いだ言葉に、レーナは意味を図りかねて静止する。この世界を司る最高神の言葉だ。取りようによっては、とてつもなく恐ろしいものに聞こえた。勘違いだと思いたい一方で、多分そうなんだろうとの確信がじわじわと大きくなってくる。
答えを導き出せぬ間に、ファルークの指先が、呆然と固まったレーナに届く。その瞬間、レーナの髪飾りから溢れ出した虹色に輝く鱗粉がふわりとファルークを包み込んだ。
(消すって、まさかファルークを!? 待って、待って、待ったぁぁぁ!! リュザス様、わたし自力で何とかしますからぁぁぁーーー!!!)
―― えぇー……そうなの? ――
『ぐぅっ……んん?』
一瞬、ギクリと全身を強張らせて顔を歪めたファルークだったが、すぐに調子が戻ったらしく、しきりに首を傾げている。本龍は気付いていないようだが、角の先や翼の先が、僅かに細かな粒子となって崩れている。
(あっぶなかったー! リュザス様を止めなかったら、ファルークの全身が粉になってたってこと!?)
絶賛迷惑を掛けられ中のファルークとは言え、この世界にたまたま紛れ込んできた平凡村娘が原因で、メイン攻略者が消えてしまうのは、どうしてか許されない気がしたのだ。平凡村娘の身の程をわきまえた、矜持と言う奴だろうか。
この乙女ゲームの世界で攻略対象者が欠ければ、達成出来なくなる試練が発生し、ヒロインが現れて救うべき世界が崩壊してしまう。――ゲームをやり込んでいたレーナにはそう思えたし、それが許されない事にも思えた。
(リュザス様、最高神だけあってやることと威力が桁違いすぎますーー!)
無事、この乙女ゲームの世界ダンテフォールの平和を守れたことに安堵したレーナだ。だが、最推しの最高神がレーナのために力を振るおうとしてくれた。その事実は、レーナにとって何よりのご褒美であり、活力の源だ。
(ピンチなのは変わらないけど、今のわたしなら何でも出来そう! リュザス様、見ててください。貴方のために頑張りますからーー!)
弾む気持ちが通じたのか、髪に付いた蝶の飾りがふわりと暖かな熱を発した気がした。
気持ちは最高にハッピーなレーナだったが、事態は最悪な方向へ動いてしまった。
火の宝珠の力の顕現である、絶大な力を持つ火龍ファルーク相手に、同じ攻略対象とは言え、まだストーリー開始の年齢まで成長しきっていない幼い彼らでは抗うのは難しい。
レーナとアルルクを始めとした、馬車ごとファルークに誘拐された面々は、再び揃って彼の住処である溶岩洞迷宮の奥底に造られた、番のための部屋に入れられてしまったのだった。




