第80話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】「寵」と「蝶」
ゴホゴホとむせ返るレーナの背をさすりながら、彼は赤い瞳を鋭くしてヴォディムを睨み付ける。
「おまえっ! レーナを殺す気か!」
『ワタシは死に向かおうとする、そこな娘を足止めしたのだ』
「だとしてもっ レーナは見たまんま そそっかしくて考えが足りなくて 超うっかりしてるから、こんな水玉でも あっさり死んじまうかもしんねーんだからな!」
庇われているのかもしれないが、レーナは瀕死のダメージを受けている心地だ。
「アルルク……その辺でやめて」
弱々しく告げるレーナに「けどさぁ」と尚も言い募ろうとする。
『娘ひとりの問題ではない。お前たちと、何より我らが同胞の危機を見過ごすわけにはいかん』
ヴォディムの形の良い指が、つい……とエドヴィンの肩の上を指し示す。
『極暑の地に無策に飛び出し、生きて行けぬのは人も精霊も同じことだ』
その言葉が終わらぬうちに、エドヴィンの頭にしがみついていた緑の少女が、ぐらりと姿勢を崩して地面向かって肩を滑り落ちる。
咄嗟にエドヴィンが受け止めたから怪我は無かっただろうが、プチドラはぐったりとした様子で虚ろな視線を彷徨わせている。
「ご先祖様!? いかがされました!?」
「プチドラちゃん! どうしたの!? しっかりして!!」
エドヴィンの両手の上に載せられた小さな精霊姫は、2人の呼び掛けに、弱々しく口を開く。
『あっつ……い……わぁぁー…… さい、あ……く』
「暑い!? あ、なら!」
何かに思い当たったレーナは、小さな少女をエドヴィンからさっと奪い取ると、そのまま彼女を捧げ持つ。
ばちゃん
「レーナ!?」
プチドラを水球に推し当てたレーナの思惑は、乾燥に弱い植物に水を与えて元気を取り戻させようとする、至って単純なものだ。
「水よ! プチドラちゃん、早く飲みなさいっ!」
水球に押し付けられたプチドラに、水を飲む気配はない。レーナは、やむ無く修繕の力を使ってプチドラに水を合成する。
勿論、コッソリと・だ。
だがレーナがそう考えたところで、水球を作り出した水の精霊ヴォディムが、自身の力を吸収されて気付かないことはない。
密やかな修繕が行われた瞬間、ヴォディムは驚きに目を見開いた。
『そうか、それが虹の君の寵の力か』
すかさず掛けられた声に、派手に両肩を跳ねさせたレーナだ。言い逃れは難しい。流石にそう理解して、出来るだけ自分の力は大したものではなく、平凡村娘にふさわしいロジックを展開しようと、思考を巡らせる。
「ちょう? そっ、そうね! 誰かさんからの贈り物の蝶が力を貸してくれていたのね、きっと! うん。あなたも良いこと言うじゃない! そうよ、蝶の力なのよこれは。わたしは平凡村娘なんだものねっ!」
リュザスの声と共に頭にくっ付いた、触れず、離れない「蝶の髪飾り」は、まだレーナの髪に付いたままだ。この髪飾りもモブらしくないアイテムなのだが、道具一つで自身の平凡さを主張できるならと、ヴォディムの話に乗ってみせたつもりだ。
「寵」と「蝶」のニュアンスの違いには気付いてはいない。
ヴォディムから残念なものを見る視線を向けられたレーナが、得意げな笑みを浮かべたところで一際強く、熱い風が周囲に吹き荒れる。
「レーナ、残念だけど時間切れみたいだ」
エドヴィンが、恐れていた事態の到来を告げた。




