第79話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】君子危うきに近寄らず、李下に冠を正さず
そもそも、ヴォディムやゾイヤが、火山と砂漠の国メイディアに居ることがおかしいのだ。
火の宝珠を祀り、その力から生まれた火龍ファルークの居るメイディア。そこは、ベルファレア王国の南に広がる王国で、宝珠の力の影響によって乾燥した大地と、活発な火山活動を繰り返す山々からなる灼熱の土地だ。
対して、水の宝珠の力から生まれた水の精霊王ヴォディムと、彼の力から生まれた水龍ゾイヤは、火とは真逆の水の属性。故にゲームでは水の有る環境を好み、水中に居所を構えている設定だった。それが変わっていなければ、ベルファレア王国の西、多数の島々からなる海洋王国アクアラノス共和国の沖合に沈む巨大な海中神殿に留まっているはずだ。
そんな彼らと何故こんな場所で出くわすのか、不思議でしかないのだが今はそれを追及している暇は無い。
「じゃっ! 誤解が解けたなら、わたしたちは急ぐからこれで!!」
レーナは、機嫌の良さげなゾイヤの気が変わらないうちにと、慌ただしく別れを告げて背を向ける。すぐにエドヴィンが駆け寄って来た。
「ここが何処か分かっているのか?」
「地形がゲームの通りなら大丈夫よ。ただちょっと距離はあるけど、捕まるとまずそうだから何とか逃げなきゃ」
周囲を見渡せば、火山岩で出来た岩山の景色が広がり、眼下を見下ろせば延々続く岩々と、その先に黄土色に緩く隆起を繰り返す砂漠の光景が広がっている。
「隠れるとこなんて無いぞ? アイツが悪い奴なら、おれがやっつけてやるから 無理すんなって」
アルルクが腰に佩いた長剣の鞘に手を添えてみせる。村では見たこともない、武器に慣れた仕草に、レーナは少しだけ、凛々しさを感じて心臓が跳ねてしまう。
「けど、おれには全っ然 悪い奴には見えなかったから、ちょっとくらい話してみても いーんじゃねぇ?」
チロリと洞窟の出口に視線を送っているが、レーナとしては迂闊なことを言いそうなアルルクとファルークの接触が何よりも不安なのだ。
「君子危うきに近寄らず、李下に冠を正さず、よ。平穏に平民村娘らしく過ごすためには、やりすぎかって云うくらい注意が必要なのよ! これまでのことで、わたしも学習したわ!」
ぐっと拳を握りしめながらレーナが見遣るのは、彼女の修繕の力で龍化した勇者アルルク、小さな精霊姫、予期せず後見人となったドリアーデ辺境伯の息子エドヴィンだ。
本来、平民村娘であれば関わるはずのない面々が、何故か集結してしまっている。
焦る気持ちそのままに、大きく一歩を踏み出したレーナは、けれどふいに目の前にあらわれた巨大水球にまたしても突っ込むことになった。
ばしゃ
「んぶっ」
「レーナ!?」
異変に気付いたアルルクが、彼女の襟首を背後から引っ張って水球から引っ張り出す。乙女への配慮の一切無い、いつかの猫の子をひっ捕まえるやり方だ。一瞬でもトキメキかけたことが悔やまれる、残念なやりようだった。




