第77話 【攻略対象 水の精霊王と水龍】女子同士の戯言は時と場合を考えて
ふいに現れた平民村娘が、まさか自分のことを知っているとは思わなかったのだろう。攻略対象ヴォディムのデフォルトである「穏やかに凪いだ表情」が崩れ、微かな驚きの色が浮かぶ。
微笑を湛えた形の良い薄い唇と、涼やかな切れ長の目、そこに輝くサファイアの瞳はそのままに、柳眉が僅かに跳ねた程度の変化ではあったが。それでもゲームを知る者ならば、驚きを隠せないほどの人間臭い反応と言える。
『ワタシを知るか、虹の主に魅入られし娘よ。確かにワタシは、水の精霊王ヴォディム。ただ形留めぬ水の化身なれば、それすらも仮初のモノだろうが』
表情を持つ彼に残念感を抱いてしまうレーナではあるが、別段彼のアンチではない。ただ、美しさを計算し尽くしたスチルに描かれた彼は、崩れないアルカイックスマイルが常だったのだ。だからそんな彼のデフォルト以外の表情は、世界観を損ねる異物として捉えてしまう。そんな意味での落胆があった。
とは言え、目の前に立つ彼を改めて見れば、周囲の暑苦しい景色すら清涼に見えるほど、透明感ある美貌の主ではあるのだ。
『なぁーによぉ? あんた、あたしの子孫の気を惹いといて、こんな水男に見惚れてんのぉ? あり得ないわぁ』
プチドラが、クスクスと笑いながらレーナの元へフワリと宙を舞って来る。
「え? あり得ない」
『え? ――ちょ……』
リュザス一筋でゲームを攻略し続けたレーナだ。推し違いのからかいは断固拒否の構えで、すんっと冷めた否定の言葉が出た。逆に、ふざけ混じりの質問を持ちかけたプチドラが、レーナの答えに慌てた素振りを見せる。
(総キャラと世界観を愛するパッケージ推しとは違って、わたしはリュザス様一筋なのに、もぉ)
平穏な平民村娘生活を脅かすものは、例えそれが言葉遊びのようなからかいだとしても捨て置くことは出来ないのだ。リュザス探しの旅に出るため、メインストーリーや、聖女へのフラグと成りかねないものはどんな些細な事でも、徹底拒否の構えだ。
(攻略対象なんて、絶対に関り合いたくない相手なのよね)
既に、そのうちの2人に懐かれており、更にいま1人には誘拐されて、絶賛逃亡中だ。それでもレーナは、モブ人生を諦めてはいない。
だから「あり得ない」発言は、モブとして身の程をわきまえた、トップカーストを遠慮した奥ゆかしい発言のつもりだった。
『我が主への傲慢な物言い……到底看過出来るものではないノネ!』
だが、そう捉えない者も少なからず存在した。レーナらが飛び出してきた穴から、気色ばんだゾイヤが飛び出してくる。
表情は、剥き出しの牙とギロリと鋭い光を放つ瞳で流石に理解することが出来た。
「なんで怒ってんのーーー!?」
『やっぱりこうなったぁぁぁーーー! レーナってば、ヴォディムを虚仮にされて、彼の眷属のゾイヤが黙ってるわけないでしょーーーっ』




