第72話 【攻略対象 火龍の変化体】モブ村娘は溶岩迷宮へ
溶岩洞の不気味な流水模様を刻む岩盤。地上よりも蒸し蒸しとした暑さを感じる空気。一切の日光の届かない地底の奥深く――。
ここは、ファルークに攫われた先。彼の引き籠り場所だったところだ。
『ちょっと片付けてくっから、のんびりやっててくれ』
ひと際広い空間の広がる場所に降ろすや、暢気な一言を残してファルークは更に洞窟の奥へと進んでいってしまった。
所々に取り付けられた松明が、朱色にゆらゆらと揺れる光を放ち、黒くテラリとした光を返す不気味な洞窟内を照らし出している。
「あー……ここ知ってる。ファルークの洞窟迷宮だわ」
『やーねー! 暗いし、じめじめしてんのに暑いし、ごつごつしてるし! 陰気よ! 片付けるって何を? 意味わかんないんだけど!? 知ってるなら、さっさと出ましょう!』
レーナが周囲を見渡して、幾つも見える通路に視線を走らせていると、苛立つプチドラが彼女の頭に飛びついて髪を引っ張って来る。
「あいたた……急かされてもすぐには思い出せないって! けど何度も出入りしてマッピングしたから、ある程度は覚えてるわ。だからわたしに任せて、ちょっと待って」
「レーナ 男前だな!」
とてもじゃないが女性に向けるものではない誉め言葉を、悪気なく言ってのけたアルルクがピョンと馬車から飛び降りてホール内をチョロチョロ走り回る。エドヴィンが、執事や騎士らと何事かを相談しながら、ぎょっとその姿を見ているが、遠くへ行く様子の無いアルルクに気付くと、再び話し合いに集中し出す。
「ファルークの溶岩洞の巨大空間は幾つかあるけど、この松明の配置は……まだ浅い位置にある場所ね。しつこい魔物との一回戦目がある場所のはずだけど」
耳を澄まし、目を凝らしても、魔物が現れる気配はない。
(やっぱり修繕素材にしちゃったのと同一魔物だったんだよね。気付かないよ、そんなこと)
知らなかったこととは言え、罪悪感の残るレーナはしょんぼりと肩を落とす。
ゲームの中では、ヒロインもファルークも全く気付く素振りもなくハッピーエンドを迎えるだけだった。だが、事実になった途端諸事情が絡み合って、こうも世知辛い様子を見せる。ただ、くよくよしていてもただの平民村娘に出来ることなどたかが知れているはずだ――と前を向く。
「見付けた! こっちが出口に繋がる通路よ!! 大雑把なファルークは、松明の置き方もキッチリしていないから偏りがあるの」
進み出すレーナに、弾む足取りでアルルクが隣に並べば、エドヴィンも慌てた様子でその後を追い始めた。




