第71話 【攻略対象 火龍の変化体】攻略対象ファルークに誘拐されたモブ村娘
大人たちが庇い切れない木っ端の雨から、アルルクやエドヴィンを護ったレーナは所々小さな傷を負ってしまったがひっそりと修繕する。
以前、アルルクを龍化した時には、ひと月近く自身の傷を治すことも出来なかったが、今回精霊姫と木の根を合成してプチドラを作り出した後は、一晩寝た後すぐにまた能力を使えるようになっていた。
平凡で平民村娘から遠ざかっている気がするから素直に喜べないが、救急箱要らずと思えばリュザス探しの旅には役立ちそうだから問題ないはず……と自分に言い聞かせるレーナだ。
「レーナを怪我させる奴は オレがっ! ゆるさねーーー!!」
「待ちなさい、アルルクっ!! ほら、わたし何処も怪我してないからーーーっ!!」
プペ村の再現とばかりに、頭上に浮かぶファルーク目掛けて飛び出そうとするアルルクを、レーナが必死で止める。とは言うものの無我夢中になると、周りの言葉など耳に入らない猪突猛進な彼を止めるため、物理的に胴体にしがみついて押さえている。
「んっ!? あれ? 進まねぇ!??」
レーナをぶら下げたまま飛び上がろうとして持ち上がらなかったことでようやく、彼女の存在に気付いたらしい。そのタイミングを逃さず「ほら! わたしのどこにも怪我なんてないよ!」と主張すればアルルクのルビー色の瞳がレーナに向けられ、さっと彼女を確認した後、その表情が安堵に緩んだ。ほっとしたのも束の間――。
『なんだぁ!? 一人かと思ったら二人なのかぁ?』
頭上から降る声に、まさかと冷水を浴びせられた心地になるレーナだ。ファルークの言う人数に心当たりがある。と言うか、身に覚えがあるのだから。
『そっちの嬢ちゃんからもライラの気配がちょっとだけ出てるぞ? どう云うことなんだよ、おい!?』
表情の読み取りにくい爬虫類顔の龍なのに、ファルークの困惑が分かりやすく伝わってくる。
(まずいまずいまずい! あなたの番は、わたしたちの傷を治す修繕素材として有難く使わせてもらいました~、なんて絶対に言えないし、知られちゃいけない案件よね!? 番の代わりにファルークとくっつくヒロインも居ないし、どうしたら上手く誤魔化して安全に切り抜けられるの!?)
ゲームではっきりと描かれなかった乙女ゲーム要素としては全く重要でない『裏設定』が、今この世界に実在する自分たちの命を脅かそうとしている。
最も容易なルート、どこ行った!? と頭を抱えたくなるレーナだ。
ファルークは、ゲーム中屈指の熱血キャラだ。その設定通り裏表の無い分かりやすい性格とも言える。だからきっと、何も知られておらず、敵意の欠片も向けられていない今なら何とかなる。そのはずだ……と、レーナは自分を奮い立たせる。
単純なファルークを丸め込むための、適当な作り話をしようと口を開きかけたところで、巨大な龍が人間臭く両手をポンと打ち合わせた。
『まいっかぁ、取り敢えずまとめて持ってっかな』
大きな独り言が呟かれた時には既に、レーナたちを乗せた馬車は遥か上空へ浮かび上がっていた。ファルークが、開け放った扉部分に指を引っ掛けて、大雑把に持ち上げているせいで車体はやや扉側へ傾いている。
馬車内には、レーナをはじめとして乗り合わせていた全員がそのまま残っている状態だ。視線を開放された出入口の所へ向ければ、凄い勢いで遠ざかる地面と、馭者、馬車を引いていた馬たち、そして馬車を守っていた騎兵が見える。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!! 平民村娘が攻略対象に誘拐されるなんてストーリー、無いからぁぁぁっ!!」
「いい加減認めたらどうなんだ!? レーナの居るところ、遊戯が必ず絡んでくる! お前はただの村娘などでは断じて無いっ」
「レーナは ホンっトに 危なっかしいから、オレがいなきゃ ダメだよな!」
『アイツの番っぽいのは、赤髪とレーナだけでしょ!? なんで、あたしまでぇぇぇーー!』
一行はそのままファルークに運ばれ、彼の引き籠り先である溶岩洞へと辿り着いたのだった。




