第66話 【攻略対象 火龍の変化体】砂漠の国『メイディア』へ
砂埃を立てて、重厚な造りの4頭立ての4輪馬車が街道を走る。
頑丈な車体は華やかな飾りは付いていないものの質素ではなく、むしろ手間暇が掛けられた一級品だ。チーク材を艶の出るまで丁寧に磨き上げた、凝った仕上げが施されている。趣味の良い裕福な者の持ち物であることは、見る者が見れば明らかだった。
やがて馬車は、シュルベルツ領やプペ村を含む『ベルファレア王国』から、南に広がる砂漠の国『メイディア』との間に建つ関所へ到着した。
そこは、王国側の最後の宿場町から数キロ進んだ先で、街道を跨ぐ様に建てられたひと際大きな四角い3階建ての建造物が存在を誇示している。街道を通る者を監視するように左右に建つ棟は、事実それぞれの国から派遣された兵士が常駐する国境警備隊詰所となっていて、入出国の際は両国の兵から監視される。そして、3階部分に当たるところに両棟を結ぶ渡り廊下が設けられており、その形状故に巨大な門の印象を受けるようになっていた。扉も鉄柵も無い、いかにも事務的な建造物だが、これこそが南の隣国とベルファレア王国とを隔てる国境だ。
渡り廊下部分のベルファレア王国側には、あちらの言葉で「虹の最高神の祝福に感謝を」と刻まれ、逆のメイディア側にはベルファレア王国の言葉で「リュザスの祝福を受けし古の地」と、装飾的な文字が刻まれている。ベルファレア王国が、周辺国よりも一層リュザスとの関りが強いことを表わしているのだ。
ガラガラガラ……
ややスピードを落としたものの、馬車は止まることなく国境の門を潜り抜けて行く。
「これで無事メイディアへ入ったぞ」
「メジャーな避寒地とは言ってたけど、本当にフリーパス状態なのね。手続きも何も無いなんて」
「先に父上が旅行手続きを済ませてくれたからな。私たちの今回の訪問目的は観光だ。くれぐれも、余計なことを言って騒ぎを作らないでくれ。レーナ」
「なんでわたし決め打ちなのよ。もっと不安なコたちがいっぱい居るでしょ」
広々とした馬車の中、厚い革張りの椅子が向き合って取り付けられている空間には、隣り合って腰掛けるレーナとエドヴィンの他、ドリアーデ辺境伯が今回の旅に付けてくれた執事と男女の騎士の5人。その他に、強引に付いて来た「不安なコ」こと1人と1柱が乗り合わせている。
「砂っ 砂っ 砂漠ーーー! え!? ねぇじゃん!! 砂ーーー!」
『あづいわぁぁぁ ひからびちゃうぅぅ! ちょっと、子孫!! なんでわざわざもっと熱い場所にむかうのよっ』
国境からすぐに砂漠が広がると思っていたらしいアルルクが、驚愕の叫びを上げ、エドヴィンの肩の上のプチドラが、彼の耳を引っ張りながら文句を喚く。
おさまらない猛暑と、攻略対象である火龍との係わりを確かめるため、レーナらはゲームで彼の居住地となっていた、南の隣国メイディアの溶岩洞を訪ねることにしたのだ。出来れば、記憶のあるレーナと、辺境伯家で付けてくれる護衛騎士だけで、少数スピーディな確認探索を希望していたのだが、エドヴィンと辺境伯はドリアーデ辺境伯家の者の同行を条件とした。
(まぁ、それは仕方ないのよ。手続きも、手段も、護衛も、辺境伯に頼るつもり満々なんだもの。我儘は言えないわよね。けど、暑さに弱いプチドラと、ほぼ無関係なアルルクまで付いて来ちゃうんだもの。自由過ぎて、こっちまで緊張感がなくなっちゃうわ)
騒ぎに騒いで強引に付いて来たにも関わらず、自由奔放過ぎる彼らのお陰で緊張感も消え失せ、どこかのんびりした旅の始まりとなっていた。




