第55話 【攻略対象 辺境伯令息】プチ・ドライアドの帰郷
【攻略対象 辺境伯令息】編、最終話です。
小さな精霊姫の効果はどうだったかと言えば、想像通りの通信機能を発揮してくれた。
精霊姫自身は今まで通り樹海中央の祠に留まり、エドヴィンをはじめとした一行は小さな精霊姫を伴って街へ戻ったのだ。
彼女は、馬車の小さな窓に張り付いたまま懐かしい景色を凝視していた。そして、街へ入る門に刻まれたネリネの花と精霊姫のレリーフにまず息を飲み、続いて銅像や噴水、街路灯やフェンス、家の外構に装飾として取り入れられた「精霊姫とネリネの花」モチーフの溢れた景色に大きく目を見開いて、ぽろぽろと涙を零し始めた。
頬を赤く染め、ほころぶ口元を見るに、それが悲しみの涙ではないことは一目瞭然だった。
「嘘じゃなかったでしょ?」
『うん、うん……彼、ちゃんと約束を守ってたんだね。こんなに、いっぱい、いっぱい……』
レーナの言葉に応える小さな精霊姫は、片時も窓から目を離さない。ゆっくりと馬車で街を巡った一行は、そのまま領主館へ戻った。
領主館では、先まわりしてドリアーデ辺境伯へ帰宅を報告していた領兵の働きによって、小さな精霊姫を迎え入れる準備が為されていた。馬車の扉が外から開かれ、真っ先にエドヴィン以外のドリアーデ辺境伯一家が彼女を迎え入れる。使用人らはネリネの花を撒いて彼女を歓迎し、玄関ホールに続く階段に飾られた大きな精霊姫の肖像画を見て、彼女はまた涙した。
「良かった。これでこそハッピーエンドよね。ヒロインが現れる前に、シュルベルツを滅亡させなくてよかったぁー」
はぁーっと、大きな溜息を吐いたところで、屋敷へ入場した集団の一番最後尾にひっそりと紛れていたはずのレーナの顔に影が差した。
「お主、やはり何かやったのであろう?」
感情の籠らない涼やかな声に恐る恐る視線を上げれば、美しい笑顔の口元を計算しつくされた美麗な角度に釣り上げたドリアーで辺境伯が、右肩に小さな精霊姫を乗せて、レーナの真正面から彼女を見下ろしている。
「へ、え、いやぁー。……気のせいじゃあ無いですかねー」
うふふと笑って誤魔化そうとするも、腹話術人形の様な精霊姫が『レーナも望みを叶えてくれたけど、リュザス様のお陰なのよね』などと要らぬ情報を付け加える。
「我には、魔力の質が分かると言うたであろう? よもや最高神の名がまた出て来るとは思いもよらなんだが、お主はそれでもただの村娘と言い張るか」
ジリリと一歩迫られて、反射的に1歩退くレーナだ。
「だ、誰が、何と言おうと一般村娘ですからっ」
「おい! レーナを虐めるとゆるさないぞ!!」
豪奢な玄関ホールを物珍し気に見回っていたアルルクが、いつの間にかレーナと辺境伯の間に身体を滑り込ませてくる。
「なんじゃ、この少年は。こやつもこの愛らしい精霊姫と同じく、お主の魔力を纏っておるぞ?」
『あら、ほんと。面白いわね』
ここへ来て、初めてアルルクを見た辺境伯が、片眉を上げてニヤリと口角を上げつつレーナを見遣る。小さな精霊姫まで同意して、レーナに興味深げな視線を向けて来る。
(まずい、なんだか知られちゃいけないことが、どんどんバレて行ってる気がするわ……)
なんとか誤魔化す方法を、と考えるレーナらの所へ「父上? レーナと何を話しておられるのです」と、怪訝な表情をしたエドヴィンまでもが近付いて来る。攻略対象2人を含めた、ゲームの主軸に関わるメンバーの揃い様に、レーナは背筋に緊張の汗が流れる思いだ。
「気のせいじゃないかなぁーあははは。わたしは、リュザス様探しの旅を夢見る、ただの特徴のない平凡村娘ですからー!!」
これ以上、ゲームの主軸に関わるつもりはない・とばかりにモブを強調した捨て台詞を吐きながら踵を返す。その勢いのまま領主館から逃げ出すレーナの後を、龍化したアルルクが追い、その後を追おうとするエドヴィンの肩に『面白そう!』と小さな精霊姫が乗る。
「追ってこないで! わたしはリュザス様一筋のモブで、ヒロイン聖女なんかじゃないんだからっ!!」
叫ぶも、騒がしい集団はレーナの背後を離れない。
「リュザス様ぁぁぁ!! ぜったいに旅に出て見付けるんだからぁ!!!」
平凡村娘を貫こうとする彼女の意志は固い。
けれど彼女の意思に関わらず、彼女をここダンテフォールに導いた最高神の思惑により、レーナはこれからも容赦なくゲーム本筋と攻略対象たちの元へと導かれてしまうのである。
そのリュザスの思惑とは――それこそ最高神のみぞ知るところである。
【攻略対象 辺境伯令息】編 ― 完 ―
引き続き閑話をお楽しみください!




